「それじゃ…マリア」
その声を最後に画面が黒く染まった。さっき画面越しに触れた手が、機械以上のぬくもりの感触を残している。
久しぶりに聞いた大神の声。
疲れているのであろうその声と、自分の声に何かを思いだしたようなそんな表情を思い出す。
大神が巴里に留学に出てから早数ヶ月がたった。帝都と言えば、多少の降魔の襲撃があるくらいで、比較的隊長代理を務めているマリアの仕事はなかった。
これが帝国歌劇団ということなら、全く話は異なるのだが。
定時連絡の振りをして久しぶりの声を聞いた。それはいつもと変わりない。が、マリアには何か違うことに気がついていた。
彼はいつも着ているスーツ姿ではなく、私服にしているであろう見慣れない服装でもない。見慣れたもぎり服だと言うことに。
そこまで思い出して苦笑する。
あの別れの春の日に大神に、ふと漏らした自分の言葉があっていたことに。
海外留学なんて名目な事に。海軍の留学に巴里が選ばれた事への疑問を、確信があるように彼に話した。
彼は「それだったらいいんだけど」とだけ笑って言って、だからこそ自分に帝都を任すと了承するまで離してはくれなかった。
多分あの人はまた巴里の地で戦っている。そして彼の地で苦しんでる。自分が帝都に来たときの違和感。そして彼の敵に。
帝都と言えば、多少の降魔の襲撃があるくらいで、比較的隊長代理であるマリアの仕事はない。手遅れにならなければ、月組と夢組の力で何とかなっていた。
ならば、帝国華撃団隊長代理でしか出来ない任務は帝都にはない。
そこまでカレンダーに視線を走らせ計算すると小さく笑う。
あとはどうあの彼の窮状を隠してる上層部を突破できるかだ。大きくひとつ息を吸って椅子にかけていた上着に袖を通す。
「戦闘開始…ね」
そういいながら、マリアは就寝時間近い自室の扉をそっと開けた。
それからの数日間、マリアはほとんど自室に戻らなかった。昼は稽古をしながら通常の任務をこなし、夜は作戦司令室にこもっている。図書室から資料を山ほど持ち込んで、蒸気計算機の端末を叩き続ける。
上層部を説得できるデータが欲しかった。マリア自身が彼の地を踏むだけに必要なものが。どうせここを使っている以上、自分が何をしてるかあとで見れば全部解る。
そして…あの日感じた大神への違和感と自分が感じた違和感。あまり考えたくない結論で一致したことを裏付けると、その情報と結論をまとめてプリントアウトする。それにもう一度目を通し、あとは自分の演技力だけだと自分に言い聞かせる。どうやって自分のわがままを通しきるか。
帝国華撃団隊長の副官として、華撃団の隊長である彼の力になる。それが出来なくてなにが…代理だろうか?
ここまで来たら後戻りは出来ない。大きく深呼吸をして支配人室の扉を叩き、部屋に入る。
ちょうど副支配人と支配人が話し合いの途中。ちょうどいいと直立不動の姿勢をとって口を開く。
「帝国華撃団隊長代理として申し上げます。私を巴里に派遣してください。でなければ…これ以降舞台には出ません」
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