綺麗だなと素直に感じた。
動作ごとに入る気合いの声。
自分もよく知っている、生と死が身近にある世界。
その中に一人。さくらが刀を振るっている。
この雰囲気は、さくらが作っているものなのだろう。
誰も近寄れない、そんな感じだった。
一時間ほど前、稽古がうまく行かないさくらは、稽古の合間に練習と称して舞台からいなくなってしまった。
どうやら、それからずっと刀を振っているらしい。
初心に戻る。
それは凄く良いことだと解ってはいるが、限度という物があるだろう。
心配になった他のメンバーに「副隊長だから」との名目を付けられ、中庭にやってきて…ついつい見とれてしまってる。
「マリアさん?」
一連の動作を終わったらしいさくらが、びっくりしながら声を掛けてくる。
「…え?ええ。ああ、ごめんなさい。綺麗だったものだからつい…」
こちらも慌てて返事を返す。持ってきたタオルを照れ隠しに差し出しながら。
何となくこちらのペースを崩されてしまったのか、中庭の芝生に座りながら、今さくらがやっていた型の感想を自分にしては珍しく、饒舌気味に彼女に伝える。
「そうですか?本当は綺麗だと思っちゃいけないんですよね」
照れたように余り髪に手をやりながら、さくらがため息を付いた。
「でも、この刀が本来の目的に使われなくて、綺麗だなと思って貰えるのって良いことだと最近思っています」
さくらはそう言って少し胸を張った。
さくらが言うには、元々平和の時代に出来たものだから、いくら戦を想定していても、汚れることのない刀であればいい。そう思ってるのだそうだ。
本来なら、そんな考えは流派としてはいけないのだろうと笑うところは、いつものさくらであったけど、話している内容はいつものさくらではないような気がした。
いつもの感情の起伏が激しいそんな感じではなく、確固たる何かを持ってる。そんな強さを感じて…そんな純粋に語れるさくらがちょっと羨ましく感じた。
「でもさくら…日舞もその動作、そのまま使えば良いんじゃない?」
ふと思いついたことを口にしてみた。
先ほどから見ているさくらの動作は、ほんの少し…両手で扱っている刀を片手の扇に変えることが出来れば、たやすいように思えたのだ。
「え?」
意外な言葉に、実践してみた方が早いと思って立ち上がる。
すっと歩を進め、先ほどさくらがやって見せた型を、覚えてる限り繰り返して見せた。
勿論、私が全て覚えられるわけもなく、動作もあってるかどうか解らない。
でも、さっき感じていた気合いを訴える力に変えてやれば、それらしい物に見えるかも知れない。
さくらがやっていたよりも、ゆっくり穏やかに動作を進める。
そして、すぐに覚えてるものは尽き、動作を止めた。
「…違うかしら?」
終わっても反応がないので、ちょっと不安になって、声を掛けながら振り返る。さくらは…何かぼぉっとしている。
「さくら」
「…」
「さくら?」
手を振ってみる。はじかれたようにさくらの身体が動いて、こちらの方を真剣な表情で見つめている。
「な、何かしら?」
やっぱり神聖なものをこういう風にしてはいけなかったのかと、不安に駆られる。自分が大切なものをこのように使われたら、気分が悪くなるのかも知れない。
自分の軽はずみな行動を後悔して、謝ろうともう一度見直したさくらは泣き顔。
「ごめんなさい…さくらの大切なものを壊すつもりじゃなかった…」
「こんなに綺麗なものだったんですね」
…会話がかみ合っていない。おそるおそる下げた頭を上げてみる。
「私、何を見てたんですかね。お父様の刀も同じくらい綺麗だったのに」
涙を拭いながらさくらは独り言のように先ほどまで私が立っていたところを見ながら呟いた。
「同じだったのに…」
何となく、さくらの言いたいことが解った。
何かさくらにとって大切なものをなくしかけていたのだろう。それを私の行動で思い出したのだ。
「切り捨てるだけじゃいけなかったのに…」
その言葉に、私も考え込んでしまった。切り捨てるために銃を持ったのではなかったような気がする。元々は隊長のために…今は?
…私も忘れてたのだ。何のためにここにいるかを。
「マリアさん!」
「え?」
「ありがとうございます!」
いきなり大声で呼ばれて、考えを中断させると、深々と頭を下げているさくらがいる。
「ど、どうしたの?さくら…」
「マリアさんのおかげで、解りました。稽古に戻ります!」
そう言うと、刀を片手に走り出してしまった。
「さ、さくら…」
こちらの言葉は、もう受取手が無くなってしまった。
静止しようとした手も、行き場がない。
その手を胸元のロケットに当てると、ゆっくり深呼吸をした。
そして、今思ったことを大切な人に伝えようと口を開く。
「隊長…貴方が言っていたものは、ここにあるみたいです。
いつになるか解りませんけど、いつか探して見せます。道を照らしてくれる人が出来ましたから…」
もしかしたら、隊長を切り捨ててしまうかも知れない。だけど、今度は逃げるためにではなく、大切にするために…
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