舞踏会の手帖

春のある日、マリアのもとに小包が届いた。
差出人は………花小路頼恒。
「花小路伯爵?」
小包を開けるとそこには黒の絹のドレスと燕尾服。それに、豪華なネックレスやイヤリングなどのアクセサリー。
そして、黒のエナメルのハイヒール。包みに添えられたカードは2枚。
一通はマリア宛、もう一通は大神宛てになっていた。
カードを見たマリアは思わず声を上げた。
「舞踏会?!」
カードを手にマリアは部屋を飛び出した。



 大神は事務室での伝票整理を抜け出して中庭でぼんやりと休憩をとっていた。
「あーあ、かすみくんも由里くんも人使い荒いよなぁ…」
大きく伸びをした。午後のぽかぽかした陽射しにまどろみ始めた時だった。
「隊長!」
突然呼ばれて、現実に引き戻された。
「マリア?」
振り返った、大神のもとにマリアが駆け寄った。
「探しました、隊長。」
「どうしたんだい?マリア。そんなに慌てて。」
「これを見てください。」
マリアは花小路からの招待状を大神に見せた。
「舞踏会って、オレが?」
「ええ…私宛ての招待状もここに。」
「花小路伯のご招待じゃ断るわけにもいかないし…だからといっても舞踏会なんて行ったことないし、何を着て行っていいのか…」
「それが…」
伯爵がドレスと燕尾服を一緒に送ってきたことを告げると、大神は一層驚いた。
「まったく…伯爵はどういうつもりなんだろう。」
「さぁ…隊長、どうしますか?」
「どうって…ここまでされたら断るってわけにもいかないしなぁ…困ったね」
「ええ。どうも招待状から察すると正式なパーティのようですし…わたしもそんなパーティには出席したことはありませんし。」
二人は溜息をついた。
「あ、マリアさん!大神さんも、ここにいたんですねーー、もう、伝票整理さぼってどこいったかと思っちゃいましたよ。」
二人のもとに駆け込んできたのは榊原由里だった。
「ちょっと休憩だよ。すぐ戻るって。ところでマリアに用があるんじゃないのか?」
「あ、そうでした。マリアさん事務室にお電話が入ってまする」
「電話?誰からかしら…」
「花小路伯爵からです。」
「伯爵から!隊長、ちょっと行ってきます。」
「あ、僕も行くよ。」


『ああ、マリア。元気そうだな。荷物は届いたかね。』
「ええ、先程受け取りましたが、でも伯爵、困ります、私も隊長もパーティなんてそんな……。」
『いやいや、そんなに堅苦しく考えないでくれたまえ。これ私の古くからの友人が来日したので開くホームパーティみたいなものなんだから、君も紐育で会ったことがある人だよ。』
「そうでしたか…でもなぜ隊長まで」
『夜会だからねぇ、君を招待するためにはパートナーが必要だからな、失礼かとは思ったが大神くんにも招待状を送らせてもらったわけだ。』
「しかし…」
『普通、海軍だと制服が正装ということになるんだが、私的なパーティに軍服というのも無粋かと思ってねえ。燕尾服を作らせてもらった。私には特に家族もいないし、娘代わりと、そのフィアンセということで是非参加してもらいたいんだが…駄目かね?』
花小路の言葉にマリアは深い溜息をついた。ここまで言われては断ることなどできるわけがなかった。
「いえ、でも……」
『とにかく当日はこちらから蒸気タクシーを迎えにやるから。じゃ、楽しみにしてるぞ。』
「あ、伯爵ッ…」
「やっぱり、断れなかったね」
二人の会話を見守っていた大神がすかさず声をかける。
「伯爵のお話では紐育で私もお会いしたことのある方が来日されるので開かれるパーティだそうなんですが…その…」
「どうしたの?」
「あの…夜会なので私にもパートナーがいるということで…隊長に…その…」
マリアが口篭もるのに不思議そうな顔で大神が尋ねた。
「どうした?」
「あの…私には伯爵の娘代わりとして…そして、隊長にはそのフィアンセとして出席してほしいと…」
「ふぃ…フィアンセ?」
「はい…すみません…隊長…」
「なんで謝るんだい?」
「だって…そんな、私のフィアンセだなんて、隊長に申し訳なくて」
「いいや、光栄だよ。こんな機会めったいにないたろうからね、せっかくだから二人で楽しもう。」
「はい。」


 衣装室でドレスを試着したマリアは戸惑っていた。
 どこでどう調べたものかサイズは驚くほどにぴったりだった。問題はドレスのデザインだった。
黒い絹のタイトなドレスは全体的にはマリアの趣味を考慮したのか、シンプルなものだったがその分胸元と背中が大きく開いていて、動きやすくするためか片側には深いスリットが入ったデザインになっていた。
「困ったわねえ…こんなに露出度が高いなんて…なんだかはずかしいわ…」
姿見の前でひとり困っていると、廊下から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、マリアーーいねぇのかぁーーー」
「カンナ?…ここよ。」
声をかけるととカンナが入って来た。
「こんなとこにいたのかよ、米田支配人が探して……おい、マリア、どうしたんだよッ!」
ドレス姿のマリアにカンナは驚きの声を上げた。
「あ…これは…その…」
「ああ、花小路伯爵から送ってきたドレスって、これかー。すっげぇ、誂えたみたいにピッタリじゃねえか。」
「ええ…サイズはいいんだけれど…でも、ちょっとこれでは肌が露出しすぎじゃないかしら。」
「そうか? 似合ってると思うけどなぁ…。」
「そうかしら…」
「ああ。もう、胸なんて今にもはみ出しそうで、いい感じだぜ。」
「カンナ!」
「あ、悪りぃ、悪りぃ。でも、マジでさ、よく似合ってるぜ。」
「そう?」
「ああ、それに、これ伯爵が送ってくれたんだろ?着てかないわけにはいかねぇんじゃないのか?」
「そうなのよねぇ…」
マリアは姿見の前でしきりに大きく開いた胸元と背中をチェックしている。
「どうせ、会場の中以外はコートきてるんだろ?ならいいじゃねぇか。たまにはマリアのこういう姿、隊長にみせて驚かせてやれよ。それにお世辞抜きでそのドレス似合ってるぜ。」
カンナは軽くウインクしていった。
「そう…そうね。カンナ、ありがとう。」
「いやいや。でもさ。」
「なに?」
「支配人のとこに行くときはちゃんと着替えてけよ。そんな格好でいったら支配人、心臓とまっちまうかもしれないぜ、刺激が強すぎてさ。」
「あたりまえでしょ、もう。カンナったら。」
二人は声を上げて笑った。


………舞踏会当日。

「マリアーーー、蒸気タクシーがきたよーーーわぁーー」
楽屋に飛び込んできたアイリスが感嘆の声を上げた。
姿見の前のマリアはドレスを纏い、化粧も済ませ、アクセサリーをつけているところだった。いつもはあまり見ることの出来ない艶やかなマリアの姿にアイリスはただ、見惚れていた。
「マリア、とってもきれーーー」
「ありがとう、アイリス。すぐに行くから隊長にも声をかけてきてあげて。」
「お兄ちゃんなら、もう玄関で待ってるよ。燕尾服がすっごくよく似合ってるの。」
「あら、たいへん。急がなきゃ。」
マリアは姿見でドレスを整えると、コートを羽織った。


お好みの後編をお選びください(笑)
1.円舞曲は黒いドレスで…
2.魔弾の射手
3.魔法使いにお願い!


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