大神とマリアを乗せた蒸気タクシーが花小路邸についた時、あたりは薄闇につつまれていた。
いつもはひっそりとした感じの邸宅が今日はどこか華やいで見える。
「なんだか緊張しますね。」
「なんか…俺、場違いだなぁ。」
「そんなことありませんよ、隊長。」
何人もの使用人たちに出迎えられてマリアはちょっと緊張した面もちで花小路邸へと入った。
玄関ホールにはすでに何人かの招待客が談笑していたが、コートを脱いだマリアが大神と並んで入ってくると思わず、どよめきがおこった。
「なんだか…注目を浴びてますね。」
「ああ、それはあんまりにも、マリアがきれいだからさ。」
「そんな、隊長。冗談はやめてください。」
「冗談じゃないさ。実のところエスコートする俺の方も、ドキドキしてるよ。」
「…隊長……」
「きれいだよ、マリア。」
「もう…隊長たら…」
マリアは頬を赤らめて、うつむいてしまった。
実際、日本人離れしたプロポーションで最新のタイトな夜会服を着たマリアは誰よりも目立っていた。そのエスコートをする大神も日本人としては長身で初めて着たとは思えないほど燕尾服を着こなしていた。
「やあ、大神くん、マリア、よく来てくれたな。」
二人の到着を聞いて、やはり燕尾服姿の花小路伯が出迎えてくれた。
「本日はお招きいただきまして。ありがとうございます。」
「いやいや、しかし、二人とも私の見立てた通り、よく似合う。」
「いつの間に私のサイズをお調べになったのかと思うぐらい、ぴったりでしたよ、伯爵。」
「まあ、そのくらいの人生経験は積んでいるよ。」
伯爵はそういうと声を立てて笑った。
「まあ、せっかくの舞踏会だ。二人とも楽しんでいってくれ。」
「はい。ありがとうございます。」
マリアは笑顔で答えた。
紐育で会ったことのある人たちに一通り挨拶を済ませ、マリアは部屋の隅のテーブルで待っていた大神の元に戻ってきた。
「すいません、お待たせしてしまって。」
「いや、俺はこういう席にでたことはほとんどないから、めずらしいことばかりで、結構楽しいよ。マリアこそ大変だったね。」
「今日のゲストは伯爵のお友達で、紐育にお供したときにお会いした方々ばかりなんです。」
マリアが席に着くと給仕がカクテルを運んできた。
「乾杯しようか。」
「はい。」
二人は軽い音を立ててグラスをあわせた。まるで、それを合図にしたかのようにホールを流れる音楽が変わり、それまで思い思いに談笑していた招待客たちが次第にホールの中に集まりだした。そして、流れる円舞曲に合わせて踊り始める。
「せっかくの舞踏会だし、俺たちも踊ろうか。」
大神がそういったのは1曲目が終わろうとするときだった。
「そうですねぇ…でも…」
「まあ、俺が相手じゃ、役不足かもしれないけどね」
「いえ、そういうわけではないんです。…ただ私、その…女役で円舞曲を踊ったことがないので、自信がないんです。」
「あははは。まあ、俺もそんなに経験があるわけではないけど、女性をリードすることぐらいできるさ。」
「隊長……」
マリアは小さく頷いた。
2曲目の円舞曲が始まるのに合わせて二人はホールにでた。はじめこそ、慣れぬ女役でとまどっていたマリアだったが、巧みな大神のリードのおかげでいつの間にか自然にステップを踏んでいた。曲が変わっても二人は踊り続けた…。
夜風に少し当たりたい。というマリアの言葉で、二人は帝劇より少し手前で蒸気タクシーを降りた。
「私、なんだかまだ夢を見ているみたいです。」
「確かに、夢のような一夜だったね。」
「隊長が、あんなに円舞曲がお上手だとは知りませんでした。今度、公演で踊るときには教えていただかなきゃ。」
「とりあえず、馬鹿にしないでちゃんと授業を受けておいてよかったよ。」
二人は声を立てて笑った。
銀座5丁目の角にさしかかったとき、交差点の時計が12時を知らせる鐘を鳴らした。
「12時…。魔法が解ける時間ですね。」
マリアがつぶやいた。ここまでくれば帝劇はもうすぐだ。
「私、ずっと不思議だったことがあったんです。」
「なんだい?」
「シンデレラはなぜ王子様と人々を魅了するような円舞曲を踊ることができたんだろうって…でも、今日謎が解けました。きっと王子様のリードがとっても上手だったんですね。」
「それだけじゃないさ。」
「え?」
「俺もわかったんだ。王子様は一目見たときからシンデレラに恋をしていた。その恋する気持ちが自然に二人を踊らせたのさ。それこそ、今夜の俺たちのようにね。」
「隊長……」
「マリア……」
銀座の時計台の下。二人の影が重なった…。
END
☆番頭・彩のいいわけ☆
パラレルにする前に最初から考えていたのに一番近いのがこの話です。
しかし…しかしですよ。最近、甘々なお話を書いていなかった私にはかなりつらいものがありました(苦笑)。
正統派のエンディングってことで…今の私にはこれが精一杯です。
さてさて、次はどれ書くかなぁ…(笑)
あ、タイトルは某少女漫画からパクりました。思い当たる方はお友達です(笑)
次は、もっとがんばりますm(__)m