魔弾の射手

<前編>

「なんだか混んでるなぁ。」
二人を乗せた蒸気タクシーはひどい渋滞に立ち往生していた。
「困りましたねぇ…このままでは遅れてしまいますね。」
「ああそうだなぁ……運転手さん。この時間はいつもこうなんですか?」
大神が訪ねると運転手は首をひねった。

「いえ…私もこんなことは初めてですよ。確かに最近は蒸気自動車も増えてはきましたが、いくら混んでいても、こんなに進めないなんてことは今まで一度も…」
「そうですか…なんか事故でもあったのかなぁ…」
「とりあえず、少し先に行けば脇道がありますから、そっちに回ってみますよ。」
「お願いします。」
マリアが答えると運転手はちょっと照れたように笑った。
その時だった。

トルゥーーートルゥーーーー

けたたましい、呼び出し音が流れた。
「…キネマトロンだ。」
大神は足下に置いてあったキネマトロンをすばやく取り出した。
「はい、こちら大神です。」
通信してきたのはかえでだった。
『大神くん、もう伯爵邸には到着した?』
「いえ、それが、道路がひどく混んでいて、なかなか進めないんです。このままでは遅れてしまいそうで…」
『そう、変ねぇ…』
「それよりなにかあったんですか?」
横からマリアが訪ねる。
『ええ、実は加山君からさっき連絡がはいって…』
「加山から?」
『ええ、なんでも今日の花小路邸での夜会での暗殺計画があるらしいのよ。』
「か、かえでさん、こんなところで…まだ俺たちは蒸気タクシーの中なんですよ。」
大神は慌てて声を潜めて、運転手の方をうかがった。
『その運転手さんなら心配いらないわ。彼は帝国華撃団・月組の一人よ』
かえでのその言葉を待っていたかのように運転手は背広の左側をちらりと開いた。フロントミラーにその様子が映る。シャツのポケットに小さく帝撃の文字のバッチが輝いていた。
「そうだったんですか。」
『仮にも帝国華撃団の隊長と副隊長がそろって出かけるっていうのに、護衛もつけないわけがないでしょ。』
「さすがにかえでさんですね…」
大神は関心したように何度も頷いた。
「それより、かえでさん、今日の夜会でいったいなにがあるというのですか?」
マリアが話に割って入った。
『ええ、それよ。あなたたち、「モント」という組織のことは知っているかしら?』
「もーんと?ですか…?」
「名前だけなら聞いたことがあります。「モント」というのは確かドイツ語で「月」という意味で…なんでも賢人機関と対立する地下組織だという話でしたが…まさか、そのモントが?」
『ええ、そうよ。おそらく日本の方が警備が薄いということで賢人機関の有力者の暗殺計画が立てられているらしいわ。』
「たいへんだ…早くいかないと。」
「とにかく、この渋滞からなんとか抜け出さないと…」
マリアがつぶやいたとき、キネマトロンの呼び出し音が再び鳴った。
『よぅ〜大神〜ッ。』
「加山!」
『夜会はいいなぁ〜』
『加山君、ご苦労様、その後何かわかった?』
『はい、副指令。モントの中の暗殺グループが日本に入国したのは間違いありません。それに…』
「それに?」
『奴らの今回の標的は今回の主賓である仏蘭西のベルモンド伯爵夫妻ということはわかりました。』
『さすがね、加山君。それだけわかれば十分よ。』
『あと一つ…、この渋滞もどうやら奴らが仕組んだことのようです』
「なんだってッ!本当か?加山」
『ああ、帝都から花小路邸へと抜ける幹線道路のほとんどが事故によって大渋滞を起こしている。』
「そうだったんですか…どうりでへんだと思いました。」
『そう…了解よ。ふたりとも急いで帝劇に戻ってちょうだい。花小路邸までは翔鯨丸で送ります。』
「しかし、かえでさん。それでは、敵が警戒していまうのではないでしょうか?」
マリアが不安げに言うのに加山は答えた。
『それは安心してくれていい。敵には気づかれず、交通も遮断されていない安全な場所はすでに月組が見つけてある。』
「そうでしたか。それなら、急ぎましょう。」
話を聞いていた運転手は素早く渋滞の列を抜け出すと反対車線へと映り、帝劇へと進路を変えた。


 帝劇に戻ったふたりを待っていたのはかえでとドレスを着た金髪の美少女だった。
「ご苦労様、急いで、翔鯨丸の出撃準備はできているわ。あと、「モント」の構成員には独逸人が多いということだから、通訳代わりに彼女を連れていって。」
「彼女は…?」
「…「モント」は今は全世界に広がっているが、基本的には独逸の組織だ。構成員にはドイツ人が多いと聞く。ドイツ語がわかればなにか重要な情報が手にはいるかもしれないから…」
「レニ?レニなの?あんまり、雰囲気が違うから全然わからなかったわ。」
「夜会でいろいろな人と接触するには女性の格好をしていた方がいいと思ったから。」
「確かにそうだな。レニが来てくれるなら心強いよ。」
「ありがとう。隊長。急ごう、時間がない。」
「そうね、レニ。隊長、行きましょう。」
「よしっ」
3人は地下格納庫へと向かって走った。


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