翔鯨丸から蒸気タクシーへと乗り継いで、3人が花小路邸に着いたとき、すでに約束の時間を30分ちかく過ぎていた。
「大変です、もう夜会がはじまっています。」
「本当だ。とにかく会場に入って様子をみよう。」
ロビーでコートを脱いだマリアの姿に大神は一瞬目を奪われた。白い肌に黒いシンプルなドレスがよく似合っていた。マリアは胸元と背中が大きく開いて居るのを少し気にしているようだったが、そんな少し恥じらう様子もかわいく見えた。
3人がホールに入るとすぐに桜小路伯がやってきた。
「おお、大神くん、マリアくん、遅いから心配してたところだ。」
「すみません、車が混んでいたんです。」
「いやいや、来てくれてうれしいよ。…っと、ところでそちらのレディは…」
「あ…彼女は…」
「はじめまして、いつも姉がお世話になっております。妹のアンナです。」
レニはドレスの裾をつまんで膝をかるく折ってレディの仕草で挨拶をした。
「いや…その初めまして……」
伯爵がそれれに答えて頭を下げた時、
「おひさしぶりです、伯爵。」
レニは小声で言った。
「君は…レニか?どうして?」
「理由は、あとで…」
それだけ言うとレニは再び愛らしいレディの顔を見せた。
「よろしくおねがいいたします。」
「こ…こちらこそ…ああ…とにかく、3人とも楽しんでくれたまえ。」
伯爵がいってしまうととりあえず、開いていた壁際のソファに腰を下ろした。
「隊長、今花小路伯と話してらっしゃるのがベルモンド公です。面識はありませんが、そのお隣にいらっしゃるのが奥様でしょう。」
「なるほど……怪しい奴は……」
「1人、2人…とりあえずフロアに3人、怪しい奴らがいる。」
レニはあくまでもレディらしい微笑みを称えたままでつぶやく。
「3人…か。ほかにもいるかもしれないな。」
「とりあえず、いつ動き出すかが問題ですね。」
「ああ…」
マリアは入り口で渡された舞踏手帖を開いた。
「今3曲目のカドリーヌですね…。次はワルツ……5曲目の後に休憩が入りますね。」
「休憩前は…ワルツか…」
「隊長とマリアはフロアに出て踊ってきたらどう?その間に僕は少し他の出席者を観察してみるから。」
「そうだな。舞踏会にきて踊らずにいるのもかえって目立つだろうし…マリア、曲が変わったら、フロアに出てみよう。」
「はい、隊長。気をつけるのよ、レニ。」
「了解。」
まもなく曲が変わり、大神はマリアをエスコートしてフロアにたった。一人、ソファーに残ったレニは目を付けた人物をそれとなく観察していた。
バルコニーへ続く窓のそばに立ってフロアを眺めている男、反対側のソファーに座ってさっきからカクテルを持ったまま飲もうともせずにキョロキョロとあたりをみまわしている男、それと入り口の扉の脇にもたれてほとんど動かない男…。
(この中に暗殺犯がいるはずだ…1人、いや全員かもしれない…)
レニがそう考えて居る間、数人の男たちがレニをダンスに誘いにやってきた。しかし、レニはその度に
「すみません、なんだか車に酔ってしまったようなんです。」
そう言って断っていた。
男たちがあきらめて去って行き、レニは再び一人になった。
(なんだか、めんどうくさいものだな…舞踏会って…)
そう思いながら、怪しい男たちに視線を戻した。しかし、
(…は、いない…ッ!)
バルコニーのそばに立っていた男がいなくなっていた。フロアで踊っている中にも彼の姿はなかった。
(しまった…)
そう思ったときだった。
「お嬢さん、せっかくの舞踏会に踊らないつもりですか?」
突然声をかけられて顔を上げた。
(あ、こいつ、さっきのバルコニーの…)
いつの間にか男はカクテルグラスを2つ持って、レニの前に立っていた。
「どうぞ。」
グラスを差し出されたレニは
「いえ、わたくしまだお酒は…」
「大丈夫、これは今奥でアルコールを抜いてもらいましたから。」
そう言われて受け取らないわけにもいかず、レニはグラスを手にした。そっと口を付けてみる。どうやら薬は入っていないようだ。だたのオレンジジュースなのを自分の舌で確認して、レニはそっと一口飲んだ。
「隣に座ってもよろしいですか?」
もしかしたら暗殺犯かもしれない男ではあるが、話を聞くにはいい機会だ。
「ええ、どうぞ。」
レニは微笑んで隣に座るように促した。
「どうも、お嬢さん。あなたのようなかわいいレディが壁の花になっているなんてもったいない。」
「いえ…実はこういうところは不得手で…心配した姉に無理矢理連れてこられたんです。」
「そうですか…あ、お名前を伺ってもよろしいですか?お嬢さん。僕はフランツ・フォン・ベルモンドと申します。」
「ベルモンド?今日の主賓の…」
「ああ、あれは僕の兄で…僕は一番下の弟で外遊の時にはいつもお供させられているんですがね。」
「私は…アンナ・タチバナと申します。姉が花小路伯の秘書のような仕事をしておりまして…」
それからもふたりは他愛もない話を続けた。このときレニは気づいていた。この男、フランツにはまったく隙がないのだ。この男はベルモンド公の親族だという。暗殺というのは親族によって行われることも多い犯罪だ。そして、一流の戦士としての英才教育を受けてきたレニはもう一つ大きなことに気づいていた。
(この男、銃をもっている…護身用にしては大きい銃を…)
レニの中の疑いが確信に変わりつつあった。
フロアではマリアがレニにさっき怪しいとあたりをつけていた男が近づいているのに気づいた。
「隊長、怪しい男がレニに接触してきました。」
「え?」
ターンするタイミングで、レニの方へ目をやると、いつの間にかさっきバルコニーのそばに居た男がレニの隣に座っていた。
「何かレニにも考えのあることなんだろうが…」
「そうですね。ふたりきりでいるというのは心配ですね。あと、もう一つ気づいたことがあります。」
「なんだい?」
「もう一人、怪しい人間を見つけました。」
「なんだって?誰だ、それは?」
「それは……」
マリアがそこまで言ったとき、突然フロアの照明が消えた。
楽隊の演奏も止まり、フロアがざわめいた。
「しまった、行くぞ。」
「はい、隊長。」
ふたりは人並みをくぐり抜けながらベルモンド公の方へと向かった。
「マリア、出口を…」
振り返った先にマリアはいなかった。はぐれてしまったようだ。
「くそー」
大神は一人ベルモンド公の元へと急いでいた。
(は、明かりが…いけない)
レニは隣に座る男をみた。男はすでに立ち上がっていた。
「何か機器の故障かな…ちょっとみてきます。」
そのとき、男の手が拳銃にかかっているのをレニは見逃さなかった。あわてて後を追うと立ち上がったが、着慣れないドレスが動きを鈍らせた。そうしているうちにパニックになっている人混みの中におとこの姿を見失った。
(しまった…とにかく、出口を…)
レニは男を追うのをあきらめてベランダへと向かった。
やっとフロアを抜け、花小路伯とベルモンド公のそばに大神はたどりついた。
「花小路伯、ベルモンド公、ご無事ですか?」
「大神くんか、今原因を調べている、ちょっと待っていてくれたまえ」
「気をつけてください。ベルモンド公を暗殺しようと計画する輩が入り込んでいるとの情報があります。」
「なんじゃと、大神くん、ベルモンド公の護衛を。」
「はい。」
大神はベルモンド公と花小路伯の前に立ってあたりをうかがった。
「…ッ!危ない!」
大神がふたりの上に覆い被さるようにして床に倒れ混んだのと同時に一発の銃声が響いた。
まるでその音を合図にしていたかのようにフロアが明るくなった。
「Was fehlt Ihnen?」(どうかしましたか?)
レニは目の前のドアをあけようとした男に問いかけた。
「Kein Proble」(お気遣いなく)
と早口で答えて男ははっとした。今日の出席者にドイツ人は居ないはずだった、そのことに気づいたときフロアに明かりが戻った。
「やはりあなたか…逃げ場はないおとなしく投降しろ。」
「君は、いったい…」
「僕は…帝国華撃団花組、レニ・ミルヒシュトラーセ。」
「そうか…噂には聞いていたが…しかし、ここまでだ。」
フランツの上着の下から銃口がレニの横腹に当てられた。
「ちょうどいい、君には人質になってもらおう。」
「ふ、…人質か…」
不適な笑みを浮かべたかと思うとレニはすばやく左手に持っていた扇をフランツの顔にぶつけた。そして、次の瞬間すばやく身をかがめてその足払いを食らわせた。
「うわぁ」
最後にバランスを崩して床に倒れ込んだフランツの腹に当て身を食らわせた。
「人質は諸刃の剣だ、覚えておいた方がいい。」
そのまま、フランツは気を失った。
「お怪我はありませんか?」
「ああ、助かったよ。大神くん」
大神は手を取って花小路伯とベルモンド公を立ち上がらせるた。
「ベルモンドくん、彼が花組の隊長、大神くんだよ。」
「おお、そうでしたか。ありがとう、大神くん。すばらしい判断でしたよ。」
「恐縮です。」
「隊長、伯爵、大丈夫ですか?」
入口の方から、マリアが駆けてきた。
「出口は封鎖しました。怪しい人物は誰も出た様子はありません。」
「ありがとう、マリア。」
「レニはどこかしら。」
2人があたりを探していると、
「隊長!犯人の一人は捕まえたよ。」
フロア向こうからレニの声が響いた。
みればバルコニーへの入り口のところでレニが一人の男を取り押さえていた。
「フランツ!まさか、君が…」
花小路伯が思わず声を上げた。
「あ、そうだ、カトリーヌ。」
ベルモンド公は後ろに控えていた妻のカトリーヌを振り返った。
「怪我はないか?」
「ええ、私は大丈夫ですわ。あなたもご無事でなによりですわ。」
夫人はにっこりと微笑み、ベルモンド公の隣に立った。
そしてドレスの優雅なレースに隠れたその手の中に小型の拳銃が……
「あ!あぶないッ!」
マリアはすばやくドレスのスリットに手を滑り込ませる。
バキューーン
カラカラという音ともに夫人の手から拳銃がはじけ飛んで、床を滑った。
目の前にはエンフィールドを構えたマリアがいた。マリアの銃口は夫人にねらいを定めていた。
「これは……」
「やはり、貴女も仲間だったのですね。」
「気づいていたね。」
「ええ、あなたのベルモンド公を見る目…どこか違っていましたから。」
「そうね…あなたのような瞳では私は夫を見ることは出来ないわ。大神さんだったかしら?あなたのその隊長さんを見る目、素敵だわ。恋する者だけができる瞳よね。うらやましいわ。」
カトリーヌは不敵に微笑んで言った。
「なぜだ…カトリーヌ。私たちは愛し合っていたはずだ。」
ベルモンド公は悲痛な面もちでその手を取ろうとした。
「さわらないで、気持ちが悪いわ。」
「カトリーヌ…」
「愛し合ってるですって?笑わせないで、あなたと私はただの政略結婚。利益で結ばれただけよ。」
「それで、私を殺そうとしたのか?」
「ええ、そうよ。今、貴方のやってることは私には害でしかないわ。だから…」
「害…まさかお前…「モント」の…」
「そうよ、私はこの日のために貴方と結婚したのよ。」
「なんてことだ……」
ベルモンド公はがっくりと膝をついた。
「はははははは。愛なんて幻想よ。そんなものを信じてたなんて、お笑いだわ。」
そう言うと、カトリーヌ胸のペンダントにそっと手をやった。
「さようなら、貴方。」
そう言ったかと思うとペンダントを引きちぎり口にいれ、思い切りかみ砕いた。
あわてて、大神がカトリーヌの口をこじ開けたが、すでに遅かった。ペンダントだと思われていたものは即効性の毒物入りのカプセルだったのだ。マリアも思わずカトリーヌに駆け寄った。
「貴女の瞳…素敵よ…私もそんな瞳をもっていたときがあったのかしら…」
マリアを見て苦しい息でカトリーヌは言った。続いて、大神の方へ目を向け。
「…かの…じょ…をだいじに………し…て…あげて……ね……」
がくっとカトリーヌの首が力を失った。
「おお……カトリーヌ…………」
ベルモンド公の嗚咽がいつまでもフロアに響いていた。
事件は陸軍の憲兵隊が極秘で処理することとなった。ベルモンド公夫人カトリーヌは夜会の最中に心臓発作で急死と公式に発表された。後始末を任せて3人が花小路邸を後にした時すでに日付が変わった頃だった。
「カトリーヌ夫人はもともとモントの構成員だったらしい。フランツは末弟ということで冷遇されているのにつけ込んで彼女が組織に誘ったという話だ。」
すっかりいつもの調子に戻ってレニが語った。金髪のウイッグもすでに取ってしまっている。
「そうだったのか。」
「…暗殺計画は阻止した、作戦が完了できてよかった。」
「ええ、そうね。夫人を死なせてしまったのは残念だったけど。」
「マリアが気にすることはない。あれは不可抗力だ。失敗したら自殺する。それは彼女が決めていたことだから…」
「ありがとレニ。」
しばらくするとレニが眠たそうにしきりに目を擦り始めた。
「寝ていいわよ、レニ。帝劇に着いたら起こしてあげるから。」
マリアはそっと自分の膝の上にレニの頭を載せてやった。
「…うん。」
マリアがやさしくレニの髪をなでてやると、ほどなくおだやかな寝息を立て始めた。
「疲れたんだな、レニも。」
「大活躍でしたものね、レニは。」
「マリア、それは君もだよ。…しかしせっかくの舞踏会だったのにほとんど楽しめなかったね。」
「ええ。でも、すこしでしたが…隊長と円舞曲が踊れてうれしかったです。…不謹慎ですね、私。」
「いや…そんなことはないよ。俺もマリアと踊れてうれしかった。」
「隊長……」
ふたりは顔を見合わせ、そっと微笑んだ。
END
☆番頭・彩のいいわけ
楽しかったです。とにかく書いてて楽しかった…(笑)。基本的にこういう話を書くのが私好きなのものですから…昔から探偵小説とかスパイ小説とかそういう類のものがすきなんですよねぇ。あと洋モノのTVシリーズ(チャーリーズエンジェルとかバイオニックジェミーとかナポレオンソロとか…ってわかる人いるのかなぁ(^_^;))の影響もあるのか、こういう破天荒なアクションもの書くのがめちゃくちゃ好きなんですよ。ということで、とにかく自分で楽しんでかいちゃいました。
実はこの話、この後にすごいオチを考えてたんですが…とりあえずきれいに終わらせてみました。
書きたくなったらいつの間にか後にこっそりリンクがついてるかも…(笑)