夜会に行くことが決まった大神には一つだけ困ったことがあった。
円舞曲等、舞踏会で踊ることは問題ない。ダンスやテーブルマナーは士官学校で勉強していたし、それなりに成績もよかったと自負している。しかし、それら知識や教養ではどうにもできないことが一つだけあるのだ。
それは……身長である。
大神の身長は176センチ。同年代の男性としては決して低いわけではない。むしろ高い方である。しかし、である。
今回エスコートするマリアの身長は186センチ。この時点でなんと女性であるマリアの方が10センチも背が高いのである。しかも、マリアはおそらく夜会ではハイヒールを履くことになるだろう。となればプラス8センチは覚悟しなければならない。身長差20センチ近く……これではいくら円舞曲がうまく踊れたところでギャグになってしまう。
楽屋の姿見の燕尾服を着た自分をにらみつけながら、大神は考えていた。花小路伯の送ってきてくれた燕尾服は高級品で、どこで調べたのかは知らないがサイズもピッタリで、自分でいうのも変だが、まあそれなりに紳士にだって見えると思う。
しかし……
「はぁ…せめてあと10センチ背がほしいなぁ…」
大神は背伸びをしながらため息混じりにつぶやいた。
「ふふふふッ……そんなことやと思ったわ。」
不敵な笑い声に振り返るとそこには紅蘭がニヤニヤしながら立っていた。
「こ、紅蘭!」
「わぁ、大神はん、よー似おうてるなぁ。」
「あ…ありがとう…ところで……」
「いやぁ、こんなに格好ええ大神はん独り占めにできるマリアはんがうらやましいわぁ。」
「いや…そんな…だから、紅蘭何の用だ?」
「大神はん、今ため息ついとったやろ?なんで?」
「いや…その……それは……」
「うう、みなまで言わんと、わかってるわ、これやろ?」
紅蘭は頭の上で身長を測るような形で手の平を上下させてみせた。
「う…」
図星をさされて大神は絶句してしまった。
「そうやなぁ…大神はんも別に背が低いいうわけやないけど…なんといってもマリアはんが大きいもんなぁ…いやぁ、わかる、わかるで、ダンスパーティやったらそれは致命的やもんなぁ…」
紅蘭は一人で納得しているが、それは確かなのである。
「…実はそうなんだよ。それで困ってたんだ。今更、身長が伸ばせるわけじゃないしな。」
「ふふ、そんなこともないで。」
「え?」
「ふふふッ、そんなことやないかと思ってたんや…さぁ、これはうちから大神はんへのプレゼントや!」
そういって紅蘭が取り出したのは1足の革靴だった。
「これって…靴…だよね?」
「確かに、靴は靴やけど、これはただの靴やないで。こんなこともあるんやないかとうちが研究に研究を重ねた魔法の靴や。」
「魔法の…くつ?」
「そうや、まあ、とにかく履いてみて。」
「あ、ああ…でも、爆発しないだろうなぁ。」
「あーーーー、大神はんがそういうつもりやったら、別にうちは使うてもらわんでもええんやで?」
紅蘭ににらまれて大神は慌てて靴を手に取った。
「いや、履きます、履かせていただきます。」
早速靴を履いた大神ではあったが、これといって変わったところはない。
「履いたけど…これ別に普通の靴みたいけど…」
「ふふふふ…この靴のすごいとこはこれからや。その留め金のとこちっちゃなボタンになってるやろ?」
確かに甲のところに金のボタンが付いている。
「これかい?」
「そう、それをとりあえず1回押してみて」
「このボタンを1回押すっと…わぁ!」
大神は思わずバランスを崩して倒れそうになるのをすんでのところでとどまった。
「あれ?これって…もしかして背が…伸びてる?!」
「そうや、これがうちの大発明「そこあげくん」や!」
「そこあげくん?!」
「そうや、そのボタンを1回押すごとに約5センチ底上げしてくれて最大20センチまで背を伸ばしてくれるんや。」
「…すごいなぁ……」
「そうやろ?それにこれは空気圧やから安全やし、5回目に押せばまた普通の靴にもどるっちゅーすぐれもんや。カチッ、カチッ、カチッで「ホッ」もできるってな。」
「これ使わせてもらっていいのかい?」
「ああ、もちろんや。」
「ありがとう、紅蘭。」
「いやぁ、大神はんがそんなに喜んでもらってうちもうれしいわぁ。舞踏会、楽しんできてな。」
「ああ、本当にありがとう。」
そして舞踏会の当日。
白い肌に黒いドレスがよく映えるマリアと大神のペアは参加者の羨望の的となった。
ひとしきり踊ったあと、二人はベランダにでた。
「隊長と舞踏会にいるなんて、なんだか夢のようです。」
「ああ、俺もだよ。マリア。」
大神の手がそっとマリアの肩を抱き寄せた。
「あの…隊長一つお聞きしたいんですが……」
「なんだい?」
「あの……言いにくいんですが…隊長、背伸びました?」
(ギクッ!)
「確かに私は隊長のことを考えてヒールは低めのモノを選びました。でも、もともとが…その…隊長の方が私より背が低いわけですから…その…」
マリアはかなり言いにくそうに言いよどむ。
「実はね、ちょっと魔法使いが魔法をかけてくれたんだよ。」
そんなマリアの様子がかわいくて大神は種明かしをすることにした。
「本当は黙っていようかと思ったんだけどね。」
大神はちょっとしゃがむと、ズボンの裾をちょっと捲って見せた。
「この靴のね、ほらここ。このボタンを押すと4段階で最大20センチまで高さが変わるようになってるんだ。」
大神は試しにカチッと両足のボタンを押した。立ち上がった大神の身長はいつも通りの176センチの姿になっていた。
「まあ……」
マリアはただ、驚きに瞳を見開くばかりだった。
「すごいですねぇ…こんなもの発明するなんて、紅蘭ね…」
「ああ、空気圧で動いてるらしいからいつもよりは安全だと思うけどね。」
「まあ、隊長ったら…」
マリアは声をたてて笑った。
「でも、紅蘭に感謝しなくちゃ…おかげで素敵な夜がすごせたんですものね。」
「ああ、そうだね。」
その時フロアの曲が変わった。
「せっかくだし、もう少し踊ろうか。」
「そうですね。」
歩き出そうとして、大神は「そこあげくん」を操作していないことに気づいた。慌ててしゃがみこみ、カチカチとボタンを4回押す。
「うわぁ!」
そのまま大神はバランスを崩して前のめりになった。
「隊長、あぶない!」
すばやく、マリアがその身体を支えようと動く。
ぷりん。
勢い余って倒れた大神の顔はマリアの胸の谷間に埋められていた。
「キャーッ!」
咄嗟にマリアは自分で支えようとしてはずの大神の身体を押し戻していた。
「うわぁっ」
そのまま、大神は尻餅をついた。
「いてて……」
「ああ、隊長、すいません。つい…」
「いや…いいよ。…ちょっと得したし…」
「え?」
「いやいや。」
「本当にすみません。立てますか?」
差し出された手をとり大神は立ち上がった。その時、
「あ、あれ?」
立ち上がった大神の身長が見る見る縮んでいく。
「変だなぁ…ボタンを押したはずなのに」
今度は転ばないように慎重にボタンを押す。しかし、動く様子はない。
「おかしいなぁ……」
カチ、カチ…。何度押しても靴に変化はない。
先に異変に気づいたのはマリアだった。
「た、隊長!靴から煙が!」
「え?」
慌てて大神が見ると靴のかかとの部分から白い煙が立ち上りはじめている。
「あ、マリア、危ない、離れて。」
そういうと大神はあわてて「そこあげくん」を脱いだ。
どこか安全な場所に投げ捨てようと手に持った、その時………
ボンッ!
軽い音を立てて、大神の手の中で「そこあげくん」が爆発した。
「はぁ…助かった…」
「大した爆発にならなくてよかったですね。」
「ああ。…でも、困ったなぁ……」
「え?」
「これじゃあ、もう履けないよ。もう一度マリアと踊りたかったのに…」
「うふふ、じゃあ、こうしましょう。」
マリアはすばやく、自分のハイヒールを脱ぎ捨てた。
「マリア?」
「二人とも裸足なら恥ずかしくないですよ。行きましょう。フロアへ。」
マリアはニッコリと手を差し出した。
「ああ。」
二人は靴をバルコニーに投げ捨て、手をとりあい、フロアへと向かった。
二人の夜はまだ終わらない。
END
☆番頭・彩のいいわけ☆
とりあえずパラレル第3弾にして、これが最終話(のはず(笑))です。
最後はギャグなんですが…うーん…結局最後は甘々で終わってますねぇ…(^_^;)。
修行が足りませんねぇ…ちょっとでも笑っていただければうれしいんですが。
他もつまってるので、一応これでパラレル後編シリーズは終わりのつもりですが、楽しいんで突然書いてるかも…(笑)
まあ、どなたかもっといい後編を思いつかれた方がいらっしゃいましたら、投稿お待ちしております(^^)。