月華・前章- きのうゆめみし -
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 大神が帝都から離れて、半月がたった。彼が帝都にいたときには、咲き始めだった桜も、今が満開を迎えている。
 帝国華撃団も歌劇団も今は休業状態。もうしばらくすれば、夏の公演に向けての準備が始まるはずだ。
 その中でつかの間の休息を、マリアは本に求めていた。以前だったら、いつサイレンが鳴ってもよいように、心のどこかは本には没頭できなかったが、今は傍らで何か夢中に線を引いている紅蘭の鉛筆の音を、心地よく聞きながら文字を追っていた。また何かの発明なのだろうか?ああでもないこうでもないといいながら、線を引いている。
「やっぱりそうや!だからおかしいんや!」
 大きな席を立つ音と同時に、紅蘭がマリアの方に先ほどまで線を書き込んできた図面を広げて、注意を引いた。
「な、なに?」
「マリアはん、知ってはったんやな…」
 紅蘭のその声は、いくらかの憤りすらこもっていた。マリアがその図面をのぞき込んでみると、帝都の地図に書き込まれたいくつかの線と記号。それは先の二つの大戦で、敵であった二つの組織が帝都にかけた呪術。そのほかにもう一つ、帝都に江戸の守護のために、天海和尚がかけた呪術の印が記されていた。
「なんでこの帝都がいつも狙われてんのか、それがウチには疑問やった。その答えがこれやな?帝都は自分から、その災厄を呼び込んでる」
「…限度を超えた街の発展ということね」
 紅蘭が詰め寄ったの対して、マリアは落ち着いた声で返した。
「そうや。地脈の自浄作用にも限界があるんや。それをマリアはんは知ってはったはずや。教えてもろたはず…それでも知らないふりを続けたんか?」
 そう言って、紅蘭なりの考えが地図の上に描かれていく。天海和尚が江戸の街を作った時以上に、帝都には人があふれ、文明の発展とともに環境が変わってきた。それで元々風水的には、脆弱であった帝都を見立てで補強した守護が、限界を超えたのではないかという。
「明治以降の急激な開発が、三回の大戦を生んだっちゅう事や」
 確かにそれは正論だった。人が増えれば、欲望が増えること。そしてこの急激な帝都への人の流入が、拍車をかけて増えていることが降魔を呼んでいる。それが帝都に来てから実感できた。
「それが出来たら、帝都の発展もないわね」
 あっさり否定の言葉が口に出たことに、紅蘭よりもマリアの方が驚いていた。確か数年前、マリアも同じようなことを言っていた。

 あのときもこんな風に暖かくて、桜が満開な日だった。帝劇が出来てすぐにやっぱりこの書庫で同じ風にマリアはあやめと話をした。
 ただ今と違うのは、マリアの方が、あやめの方に詰め寄ったと言うこと。



 ページをめくる手がふと止まった。
 花組隊長として必要な知識ということで、あやめから渡されたテーブル一杯の資料に目を通していて、あやめがマリアを帝撃に誘った言葉が不自然なことに気が付いた。
 降魔というものが出現した由来。江戸が、今帝都と呼ばれている街の話。すべてがこの資料達に書かれている。
 この街が以前もう一つの街と隣り合わせていたこと。そしてその地が時の権力者によって、失われたこと。いろんな事が書いてあった。
 その中で一番大切な、その沈められた土地の人たちが降魔という帝都を脅かすもの達になっているということ…マリア達は、その降魔と闘うためにここに来ている。
「あやめさん?何を私たちに求めてるんですか?」
「え?」
 マリアに必要なところを訳してやりながら、その様子を眺めていたあやめの表情が一瞬だけ曇る。いつもならば、そのかすかな変化をマリアが逃すはずもないが、今はそんなことより、その答えが欲しかった。
「私は降魔というものと闘うためにここに来ました。それは覚悟してます…けれども」
「けれども?」
 マリアは、あやめに先ほどまで考えていた事をすべて伝える。まだ確信など持っていない。文書を見た感じだけだ。
「で、思うんです。あなた達が…いやあやめさんが降魔を滅ぼすために私たちをここに呼んではいないのではないかと」
 ため息があやめの口から漏れる。それを見てマリアが自分の憶測がある程度正しいことがわかった。
「どうして、そう思ったの?」
「街の作り方ですよ。大和と江戸と、この帝都。私には風水という知識は持っていませんが、降魔という災害を頭にいれた作りをしていないですよね」
 日本には何かが犠牲になったとき、立てる記念碑があるという。それがあるような形跡もない。
 治水や他の災害に対しては、あまり安全だとは言えないまでも、対策を立ててあるのに、その降魔に対しての対策というのは、どの資料を見ても、この帝国華激団だけ。
「あなたは災害だというのね。それを防ぐ街作りをしろと」
「ええ。少なくとも今の状態では、無理な開発は余計な被害を生みます。それが押さえられないなら、開発などやめた方が、私たちを使うよりも効率的ですよ」
 あえてそのことをマリアは言い切った。自分がここにいるよりも最適な方法が取れるなら、その方がよかったし、ここに住んでいる人のためになるはずだ。
「あなたは押さえ込めるというのね。自然と同じに」
「……」
 とっさにあやめの一言と悲しそうな目に、マリアは返事が出来なかった。何でそんな顔をして、そんなことを言うのかわからなかった。
「街を変えただけでは、終わるものじゃないのよ」
 そう言ったとたん、あやめはまたいつもの表情に戻っている。しかし、マリアにはその悲しそうな表情が、酷く印象に残った。
「そうね…白状するわ。見て貰ったとおり、ここは劇場だから…舞台に上がって貰うことになるわ」
「え?」
 そう言ったことを隠されているとは、思わなかった。思わず後ずさる。
「そう。舞台に上がって、帝都の人を楽しませるの」
 自分が想像もしてないことに、先ほどまでの考えはどこかに消えてしまって、あやめの言葉を反復する。
「今はそれでいいわ…そのうちあなた方に何を求めているか判るから…」
 そうつぶやいたあやめの言葉は、マリアの方まで届かなかった。



「人は止められなくても、少なくともこれ以上、変な開発をせんといてくれたら、帝都も平和になるんやけどな」
「そうぼやかないの」
「せやけど…そうなってくれたら…マリアはんも機会あったら伯爵はんあたりに言うてみてくれへんやろうか?」
 その紅蘭の言葉にマリアは、一瞬だけ表情を曇らせると、彼女から視線を外す。
 もしもその提言が受け入れられて、帝都がもっと風水的な護りが出来たとして、降魔がいなくなったとしたら…帝国華撃団という組織が意味をなくす。以前だったら何も思わないその問いが、マリアに急に重くのしかかる。
 そうしたのなら、自分はどこに行くことになるのだろう?黒鬼会を倒した今、すぐには何かあるわけがない。
 そんなことを思いついて、マリアは小さく身震いした。何を縁起でもないことを考えているのだろうか?
 自分たちの役目は闘うことだけじゃない。もう一つの役割、この地に迷っている行き先のない者達の癒し。鎮魂の巫女の役割はまだ終わることはない。そう信じて今はここにいればいい。
 彼の帰ってくるその時まで。

 空気を入れ換えようと、立ち上がろうとマリアの脇で、小さく紙がなった。

太正一五年四月一三日付け 帝都日報
 長年の慢性的な帝都の住宅不足等を、解決するための大規模開発計画の関係者との協議を終え、着工の運びとなった。
 東京湾沖を大規模に埋め立て、工業区域、住宅区域などを建設する計画。
 帝都大地震を期に、帝都に流れ込む人々の居住環境の悪化や、発展する工場化に伴う地価高騰など様々な問題を抱え、長年の懸案であった計画だが、漁業従業者などから反対があり、長期化の様相を見せていたが、昨日東京湾漁業組合と、漁業補償を行うことで協議が合意し、着工へ踏み切れることになった。
 一部の学識者より、環境への影響が懸念されているが、帝国大学との連携により、極力影響を与えないように工法などを工夫すると表明している。
(関連記事二面に)
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