Endless Recorder

2002年2月

2月5日 生産性の低い生き方

キーを叩く時間が減った。コーヒーを流し込む回数が増えた。動かずにいたところで楽にはなれない。何を考えても苦痛へ繋がるのなら眠っていたい。物語のような結末を、夢に見ながら穏やかに。

これも私の自傷趣味でしかない。自滅にすらならないその感傷に、どうしようもない出口のなさを覚える。未来なんていらない。ただ安らかな今が欲しい。


2月10日 すべては朧

横たわったまま、時間が流れてゆくのをぼんやりと感じていた。徐々に暗くなってゆく天井を眺めながら空腹を覚えたが、起きるのは億劫で放置した。あの時のような、故意に食を拒むエネルギーは湧かない。ただ無気力なだけだ。

投げやりになってもそれは真実ではないと、後ろめたさはちくちくと刺し続ける。希望が持てない。甘言でいいから騙されていたい。だがそれも真実ではない。すべて見通せないのなら、何も見えなければよかった。


2月11日 不確定存在

どうせそのうち、うやむやなまま回復するのだろう。そう諦めのような自嘲がよぎる。そうやって定まることなく浮き沈みを繰り返す。結末のないそれが、私が私であるということならば、どこへ向かっているのかさえわからない。


2月27日 何も感じたくない

不調から比較的回復したので、久し振りに日記を書く。またいつ再発するのではないかという恐怖は消えないが、今の私にできる数少ない確かな行為だからかもしれない。

最も酷かった時期に書き殴ったノートを元に、文章を組み立てている。そんな時でも書き留めていた自分が、ある意味滑稽だ。書くことで自分を痛めつけたいのだろうか。それを表すのは、あの人に気にかけていてほしいからか? 周囲に悩んでいると顕示したいのか? この疑問さえ記す意味もわからない。


何もする気が起きずにいた状態が悪化し、眠れない夜が続くようになった。眠気はある。疲れている。だが眠れない。寝酒も効かない。ようやく眠れたかと思えば、1、2時間で途切れる。いつもの夢の切れ端は刃としかならない。

眠らなければならなかった。起きているのは嫌だった。思考はすべて涙と痛みへ繋がる。そして夜は殊更それが酷い。唯一の逃避方法を奪われれば歯止めが利かない。泣きじゃくった。声を抑えようともしなかった。翌一日中、腫れた瞼を隠さなければならなかった。

しばらくすると疲労が溜まってきたのか、眠りに就くことはできるようになった。しかしそれまで以上に続かなくなり、1時間と経たずに眼を覚ますことを夜毎重ねた。いくら眠っても疲れが取れない。むしろ目覚めるたびに辛くなる。あと何回繰り返せば朝は来るのかと、重い頭を抱えて泣いた。

苦痛は日中も続いた。今夜は眠れるだろうか。これから先、穏やかに眠れる夜は来るのだろうか。痛みの止まない胃を押さえながら、そう恐ろしくてならなかった。明らかに身体がおかしい。不眠も胃痛も馴染んでしまってはいた。だがここまで酷い症状はなかったため、混乱に陥った。


果てがない。物語の結末は訪れない。その出口のなさを私は嘆いていた。そしてそれは、この明けない夜も同じだ。均衡を崩していることも、思い詰めていることも理解していた。だが、どうしようもなかった。

額に深い皺を刻んで歩いた。人込みの中でも涙ぐんでばかりいた。部屋に戻れば声を上げて泣いた。涙も痛みも染みついたように離れない。眼に映るもの、心に浮かぶもの、そのすべてが思考を挟まないうちに苦痛へ繋がる。なぜ泣いているのかもわからなくなった。

心も身体も、どこまで大丈夫かなんてわからない。それを探りながら脅えながら、この先やり過ごしてゆかなければならないのか。そう考えると途方もない恐怖に襲われる。まして立ち向かう気力など持てるわけがない。この程度、大したことはない苦しみなのだろう。だが私は、終わりの見えないこの状況に耐えられない。


際限なく甘やかしてくれる人だったなら、成長はせずとも苦しまずに済んだのかもしれない。だがそれは真実ではないと知っている。しかし同時に、私はそれを望んでいるのだろう。与えられたものに応えようともせずに。

「平気だよ」と言われても静まれなかった。あの人の言葉だけで生きてゆけると思えた、あの頃のようになれないことが悲しかった。それは恐らく、あの人を責めている私がいるからだろう。そして私は安易に甘えるようになった。

傍にいたい。あの人の一言で救われる。そう縋りつくことで、辛うじて立ってきた。しかしどこかでわかっている。たとえそれが叶ったとしても、何も解決しないということは。だがそれを認めれば、会いたいと願うことさえ後ろめたくなる。寂しさが当たり前になりすぎた。いや、これは寂しさなのだろうか。


「もう嫌だ」と、そればかり繰り返して、繰り返し続けて、最早何が辛いのかも解せなくなる。どれほど安息を望んでも消えない苦しみ。穏やかになれる日なんて来ないかもしれない。それが怖いのだろうか。でもわからない。もうわからない。

身も心も、欠乏感に叫びを上げている。泣き疲れても眠れなかった夜、私は「帰りたい」と呟いていた。決して長い時間を過ごしたわけではない。限りある幻想を夢見ているだけだ。それでも、それでも私は帰りたい。


2月28日 過去という名の壁

貴女はいつもそうやって、僕の知らない世界を匂わす。訊いてもいいかい? 触れてもいいかい? 今、貴女の中に僕はいるのかい? わからなくなるよ、わかっているから。どこか寂しげなその声は、僕に向けられたものではないから。貴女はいつもそうやって、僕には届かない遠くを見ている。