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「月の宴」タイトル

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 「今回のことでは、みんな本当によくやったわ。」
 マリアがしみじみと言う。
 「緋勇クンと美里サンは特に。」
 「弦麻の息子に菩薩眼の娘…か」 犬神がぽつりとつぶやく。
 「これが、あいつらでなかったら……」
 「それでも、なんとかしちょっただろうよ。」
 導心は地面にあぐらをかいて月を眺めている。茶碗の中の酒をくるくると回し、映る月を愛でている。
 「あいつらの周りにゃあ、仲間がいたからの。」
 「そうじゃのぉ…醍醐のボウズにしても…」
 龍山は目を細めた。
 「まぁ、あいつはまだまだじゃがの。あいつひとりではどうにもならんわい。」
 後半は多少だが声が大きい。
 「そんなことを言うたら、劉なんぞときたひには。」
 導心はぐいと身体を起こした。目にはいたずらっぽい光をたたえている。
 「あいつは、いちから修行のしなおしをせにゃならんと思っとる。」
 「おやおや、手厳しいことで。」
 犬神が苦笑する。酒はひとまず置いて、いつもの通り「しんせい」を喫っている。
 「まったく、醍醐のやつは、桜井の嬢ちゃんがおらんかったらどうなっておったか…」
 龍山はますます興が乗ってきた。
 「ああ、今度の事は、ほとんど女子に扶けられっぱなしだの。」
 うんうんと導心がうなづく。酔いも手伝って、とても良い調子だ。
 「野郎共はちっともなっちゃいねぇ。」
 
 「いや、そうでもないよ…ただし逆の意味でだけどね。」
 それまで黙っていた岩山が急に口をはさんだ。
 「あんたのクラスの生徒だろう、あの杏子ってのは。」
 言うなり、犬神に指を突きつけた。
 「げっ」思わぬところで急に話を振られた犬神はとびあがった。
 「まぁ、悪気はないし、いい娘だけどね。看護婦の格好で病院内をうろついたりされると困るんだよ。他に患者だっていることだしね。」
 「す、すまない。」
 なにがすまないのだかはまったくわかっていなかったが、犬神は圧倒されていた。
 「あんたの生徒だって聞いてたから、つまみ出すだけで勘弁してやったけどね。まぁ、後で『おわびに』とか言っていろいろ面白いものも持ってきたし、ヒヒッ。」
 「面白いもの?」マリアは不思議そうに聞いた。
 「まぁ、いろいろさね。」
 岩山はにやりと笑うと言葉を濁した。
 「女の子は、あとうちんとこに2人…これはいいとして…。織部の双子については龍山が詳しいだろう。なんたって名づけ親だしねェ。」
 マリアは、話の急な展開についていけず、きょとんとしている。それを見た犬神はマリアに短く耳打ちした。
 「うむ」龍山は腕を組んで考え込む様子を見せた。
 「あの2人は良い子じゃからのぉ。」
 言いながらすでに相好が崩れている
 「こいつは一種の親バカじゃから、聞いても無駄よ。」
 導心は容赦が無い。
 「まぁ雛乃の方はちぃっとぱかし気が強くて頑固だってことさえ言わなきゃ、いい子だなぁ。」
 「むぅう。」
 言われた龍山は唸るばかりだ。
 「雪乃の方も…いい娘なんだが、あの鉄砲玉みてぇな気性がなぁ。」
 「アラ、女の子はそれぐらい元気があった方がいいのよ。」
 マリアは胸を張って言う。
 「そうじゃなくって、おじいちゃん?」
 「むぅう」今度は導心が唸る番だった。

 犬神がふと思い出したように言った。
 「雪乃で思い出したんだが、槍を使う奴がいただろう、雨紋とかいう。」
 「…奴はダメじゃ。」
 導心が断固とした口調でさえぎった。
 「なぜです?」
 珍しい導心の強い口調に犬神は興味をひかれた。
 「何か理由でも?」
 「奴は…」苦虫を噛みつぶしたような表情だ。
 「ファッションセンスが悪い。」
 導心は断言した。
 
 「なんじゃ、あのファッションは。」

 
 


 ひとしきり場が収まるまでに10分近くを要した。
 まだマリア先生は苦しそうに腹を抑えている。よほど強烈だったらしく、目に涙さえ浮かべている。ひとり導心だけがぶすっとしている。
 「ふん、本当のことを言っただけじゃというのに…」
 ふと側を見やると、作業小屋の扉がわずかに開いている。
(ふん…まんざらバカでもないようだの…しかし)

 「まぁ、雨紋のことはええわい。」
 導心は新しく注ぎ直した。全員が1本ずつ持参していた酒も、さすがに残り少なくなっている。
 「問題はあいつ、じゃの。」
 「おぉ、ヤツのことかの?」
 龍山はいつにもまして機嫌がよい。
 「京一ですな。」
 犬神がむすっとした声で言った。「マリア先生の生徒の。」
一瞬の沈黙の後に、3人が同時に話しはじめた。
 「腕はまぁまぁじゃが、あれでもうちっと…」
 「あれだけのものを持っていながら…」
 「奴は生活態度さえなんとかすれば…」

 「3人で同じことを言っておる。」
 岩山は呆れた。
 「京一クンは人気者だから。」
 ふふ、と柔らかくマリアは笑った。
 岩山は、それを見て何かを思い出したらしく、ポケットをさぐった。
 「たしか、ここに…あった。」
 「何です?」
岩山が取り出したのは学校新聞-真神新聞-だった。
 「杏子がね、おわびにといって持ってきたものでね、ヒヒッ。これはマリア先生に、と。」
 岩山は、マリアに新聞を手渡そうとした。

 その瞬間。
 近くの茂みが大きく揺らいだ。

 「…未熟者が。」
 龍山は大きく溜息をついた。茶碗を置き、ゆっくりと茂みに振り返って、言った。
 「醍醐、そこにおるのはわかっとる。出てきなさい。」
 茂みが何度かガサガサ鳴り、それから2人が立ち上がった。

 「桜井の嬢ちゃんも一緒じゃの。…他には。」
 龍山は厳しい顔で尋ねた。
 醍醐と小蒔は顔を見合わせたが、何も答えなかった。

 「ふふっ、あと2人レディがいたわね。あのコたちはあたしにまかせて。」
 マリアは龍山に軽く手をあげると、闇に姿を消した。

 「やれやれ…だ」
 犬神は、消えてしまった「しんせい」を捨て、新しいタバコを口にくわえた。
 「で、あんたは何をしとるんだ?」
 導心が犬神に聞く。
 「なにって…」
 夜気を吸い込んで湿ったマッチは何度擦ってもなかなか火がつかない。
 「あと2人、ウチの劉と京一のやつがおっただろう。」
 「ああ。」
 たしかにそうだ。逃げたのはその二人だろう。だが、それがどうしたんだ?
 「主賓が動いているってぇのに、あんただけそうやって煙草を吸いながら、じっと待っているつもりかい?」
 
 気が付くと、導心と龍山がじっと犬神を見ていた。
 救いを求めて岩山を見ると、岩山は肩をすくめて、首を左右に振った。
 「やれやれ…だ」
 犬神はあきらめて「しんせい」とマッチを机の上に置くと、丘を下っていった。

 「導心、あんたも意外と細かい芸をするもんじゃのぉ。」
 龍山は、犬神の置いていったマッチを一本手にとって、擦った。
 マッチは特に湿った様子もなく、ぱっと燃え上がってあたりを照らした。
 
 


 結局、見つかった生徒達は6人であった。
 おとなしく出てきた醍醐と小蒔はともかくとして、逃げようとした4人はマリア先生と犬神にあっさり捕らえられてしまったのであった。
 醍醐、小蒔、劉、京一、雪乃、雛乃の6人であった。
 
 「ゴメンなさいっ、のぞくつもりじゃなかったんだけどっ。」
 桜井小蒔はそういって頭を下げた。
 「しばらくしたら出て来るつもりだったんだけど…。ボクたちの話になって、出るに出られなくなっちゃって。」

 「困ったコたちだわ、ほんとうに。」
 マリアは溜め息をついた。とはいえ、口調と裏腹に困った様子はしていない。
 「でも、ワシら、ごっつい美人の先生聞いたから、これはぜひお目にかかっとかにゃあかんと思って…」
 「ばかたれ。」導心は劉を小突いた。
 「おまえにゃ100年早いわい。」

 「ふふ、しかたないわね。まだしばらく時間もあることだし…保護者もいることですし、ね。」
 マリアはにっこり笑った「もうしばらくパーティを続けましょうか」
 「やったー」生徒達は歓声をあげた。

 「ただし。」
マリアはきっぱりと言った。
「ワタシの前ではお酒はダメですからね。」


月は大きく傾き、もうすぐ鳥たちも目を覚ます春の宵であった。

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