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「月の宴」タイトル

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 月は沖天を過ぎ、はや傾いていた。
 寂しい梢の間を冷たい風が吹き抜ける。名残雪は消えたとはいえ、桜にはまだすこし早い。

 夜明けまではまだ時間がある。
 普段はサラリーマンや学生で騒がしい新宿中央公園といえど、この時間には人影もまばらだ。
 朝の早い鳥たちも、まだねぐらの中である。

 その公園の一角で、二人の老人が酒を呑んでいた。
 一人は小柄な易者風、もうひとりは…なんと形容すればよいのか、あえていうならば「ファンキーな」と言うより他のない風体の老人であった。

 「珍しいのぉ」小柄な老人は奇妙な笑い方をした。
 「おぬしがこんな上等の酒を持ってくるなんて、よ。」
 手にした茶碗にたっぷり注がれた日本酒をあおる。
 「どこで手に入れたんじゃ?」
 老人たちが呑んでいる所は、芝生がわずかに小高くなったところにあるあずまやである。そばには作業小屋と茂みがいくらかあるが、風をさえぎる役には立っていない。しかし、老人たちは寒いと感じている様子はまったくなかった。

 「わしゃ、いつも呑んどるが?」
 ファンキーな風体の老人−楢崎導心は、テーブルの上に敷いた紙の上に盛られた塩をつまんで口に入れる。  「ぬかせ、自分がじゃろうが。人に飲ませるのが珍しいと言っておるのじゃ。」
 「ふふん、おぬしに飲ませるために買うてきたわけではないわ。」
 「ほぅ、買うてきたのか。」
 小柄な老人−新井龍山は茶碗を突き出し、もっと注げと無言で催促した。
 「ならば、つまみも一緒に買うてくればよいものを。」
 「おぬし、遠慮というものは無いのか?」
 言いながら、導心は酒瓶を傾ける。
 「弟子の前ではてめえのそのいじきたないところなんぞ、カケラも見せておらんだろうが……」
 「ほっほっほっほ」
 龍山は楽しそうに笑った。
 「醍醐のボウズか。おぬしはどう見たかの?」
 「そうだのぉ」導心はちょっと考えるふうをした。
 「あのショートカットの嬢ちゃんはあいつにはもったいなかろうて。」
 「やれやれ、いつまでたっても枯れないジジイよ。…あながち間違ごうておるわけでもないが、はて。」
 勝手に一升瓶を取って手酌で注ぐ。
 「うちの劉とて似たようなものよ、まだまだじゃ。」
 「そういえば、姿が見えんが、どうしたかの?」
 「いやぁ」
 導心はいかにもうれしげに笑った。
 「ちょいと面倒な用事を言いつけてやったから、今日中には帰ってこれまいて。」
と、茶碗が止まった。ふと目を細めると芝生に通じる小径を見やった。
 「よぉ〜、来たか」導心は、ニコニコと手を振った。
 「ここじゃて。」
 

 「まったく、なんて時間に呼び出すんだい。この不良老人たちは」
 新来の人物−岩山たか子は、持参した一升瓶とつまみを示しながら文句を言った。
 「ほっほっほっほ、それを言うならあんただって昔っから不良の仲間じゃろう。…それに、この時間でないと、小僧どもが煩そうて、な。」
 龍山は手真似でそのあたりに座るようにすすめ、茶碗を差し出した。
 「小僧ども…ね。」
 岩山はほほえんだ。岩山は笑うととても優しい表情になる。
 龍山が半分ほど注いだところで止め、口に運ぶ。
 「うちの小娘どもも…さね。」
 導心は、しみじみとため息をついた。
 「たか姐はほんっとに相変わらずだねぇ」
 「よく言うよ、エロじじぃが。」
 言葉と裏腹に口調はちっとも怒っていない。

 「それはそうと、そこのあんた、座らねぇのかい。」
 ふいに導心が岩山に声をかけた。
 「え?」岩山は目を丸くした。
 「あたしは、ちゃんと」
 「……驚きましたね」影のように一人の男があらわれた。
 「まさかこんなに早く気付かれるとは思わなかった」
 「あれ」岩山はびっくりした顔でその男を見つめた。
 「犬神センセーじゃないかい。」
 「へっへっへ。女のスカートの影にかくれて来るたぁよぉ。」導心が冷やかした。

 「…しかたなかったんですよ。」
 男−犬神守人はボリボリと頭を掻いた。
 「こんな見晴らしが良い、芝生のどまんなかに呼び出されてはね。それにしても、この時期だってのにこんなに早く気付かれるとは思わなかったな。」
 言いながら、犬神は勝手に茶碗を取って差し出した。
 「もったいねぇよなぁ…呑んだって酔えねぇだろうが、あんたは。」
 導心は言いながら、どぼとぼと注ぐ。言葉とは裏腹にちっとももったいなそうな様子ではない。
 「月見酒は酔えないんでね。」
 言いながらぐいと茶碗酒を呷る。
 「だけどうまい酒だってことぐらいはわかる。」
 「ほっほっほ、それもまたよいではないか。じゃがわしの分まで呑むでないぞ。」
 龍山も釘を刺すのを忘れない。
 「やれやれ、これだから人間ってやつは。」
 犬神は苦笑いして首を振った。
 「なにを言ってやがる、年寄りは大切にするもんじゃ。」
 導心はもっと寄るように手招きしてもう一杯注ぐ。
 「歳のことなら、俺だって…」
 「ふん、そういうことはじじいになってから言うもんじゃ。」
 導心は犬神の主張を一蹴した。
 「まったくこのじいさんたちときたら…この師匠にして弟子ありだな。手が付けられん。」
 「生徒を教え導くは教師のつとめぞ。おい、そんなことを言う奴にはもう呑ませんでよい。」
 龍山が言うと、導心は酒瓶を引く。見事な連携プレイだ。
 「やれやれ、勘弁してくださいよ」犬神は頭を掻いた。
 「ふふ、このじいさんたちは昔っから食えない連中だったからねぇ。」
 岩山は目を細めた。
 「そりゃあ一筋縄じゃいかないさね。」
 

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