齎されし答え

-5-

 厚い雲に覆われた夜空には、月が見えない。星も見えない。
 闇に支配された深夜。
 大帝国劇場地下、帝国華撃団銀座本部は俄かに活気づいていた。東京湾に向かっていた月組隊員と同行の夢組隊員が、ついに妖力の発生源を探知したのだ。
 これより降魔迎撃部隊花組は、翔鯨丸にて現地に急行。そのために花やしき支部と連絡を取り合う蒼い制服の操作員の横を、作業服を着た整備員が走り抜け、格納庫では轟雷号の発進準備が急調子で進められている。

 待つだけの時間は終わった。
 皆緊張しながらも、ようやく行動を起こせることに瞳を輝かせていた。

 作戦室には花組が召集され、米田から作戦概要を伝えられている頃であろう。

(あいつらのためにも、ここが俺たちの踏ん張りどころだからな)

 そう神武の最終点検をしながら思ったのは、風組整備班の松籟(まつぶえ)。

 彼が腕で額の汗を拭った途端、爆発音と共に劇場全体に振動が走る。

「なっ!?」

 次の瞬間、その表情は固まった。

「その汚い小屋から出てきなさい。帝都の犬ども!」

 周りの同僚たちも皆硬直している。

 耳慣れた声。慕い、憧れた人の声。
 帝国華撃団副司令官、藤枝あやめの声に他ならない。
 しかし、それはその役職としてのものではない。今は敵する葵叉丹の配下、降魔殺女としての声なのだ。

 ビーッ、ビーッ、ビーッ……。
「銀座に二機の魔操機兵と降魔が出現! 一機は先日現れた『不動』と呼ばれる機体と同型のものと思われます!」

 警報とかすみの声が伝達管から響く。
 松籟ははっと我に返り、慌てて作業を再開した。他の整備員たちもつられて動き出す。
 彼らのするべきことは変わらない。どんな状況でも、どんな敵でも、最高の状態で花組を送り出す。それだけだった。





 轟音と共に、煙幕の中から独特の丸みを帯びた輪郭が姿を現す。煙が晴れると、そこには七機の霊子甲冑がいた。

「「「「「「「帝国華撃団、参上!!」」」」」」」

 禍々しい紫色の魔操機兵に乗り込んだ、蝶と名づけられた上級降魔は、ようやく現れたか、と名乗りを上げようとしたが、残念ながらそれは叶わなかった。

「あやめさん!」

 そう、菖蒲色の魔操機兵と共に、彼が敵対心を抱く女がいたからだ。
 彼女の名を叫んだのは、純白の霊子甲冑を駆る青年、大神一郎。

「出てきたわね、坊や」

 殺女は妖艶そのものといった笑みを浮かべながら、大神と対峙する。
 蝶は殺女のその態度が堪らなく不快だった。自分の敬愛する叉丹を誑かしたその艶。自分の行く道を阻むもの。

「あやめさん! 俺です! 大神です!」
「うふふ……可愛い子ね。あやめは死んだと言ったでしょ?」

 そんな蝶は余所に、真摯な大神の訴えを殺女はからかうようにあしらう。

「あなたも今、殺してあげるわ!」

 殺女の身体が吸い込まれるように魔操機兵の中へ消え、唐突に光の塊が機体の前に出現した。神聖ならざるその光は、濁ったような縞を描きながら膨れ上がると、凄まじい勢いで放たれる。
 だが大神は避けようとはしない。
 機体を揺らしこそしたが、開いた両足は後退りもせず、その一撃に耐えた。

「あやめさん、眼を覚ましてください! あなたは叉丹に操られているんだ!」

 大神はまっすぐに殺女と向き合い、声を張り上げる。

「帝撃に戻ってきてください! ずっと一緒に戦ってきたじゃないですか!」
「ふっ……まだそんなことを。藤枝あやめはスパイとして潜り込んでいたのよ」
「いいや、それは違う! 俺たちを支えてきてくれたあなたの心が、悪であるはずがないっ」

 きっ、と眼を開き、そして言い切った。

「あなたは……俺たちの仲間ですっ!!」

 その声は周りにいた少女たちだけでなく、帝撃の面々それぞれに届いていた。
 誰もが敬慕した藤枝副司令。彼女を悪ではないと、密偵などではないと、大神は確固たる自信を込めて言った。

 求めていたものだった。声高に叫びたいものだった。誰もがそう思い、だがどこかで迷っていた背中を、彼の言葉は力強く後押しした。
 どの顔も輝いていた。涙ぐんでいる者もいた。ああそうだ、こういう男だからこそ、大神は花組隊長なのだ。

 そんな中米田は感慨を受けながらも、にやりと笑ってみせた。それは恐らく、我が子の勇姿を喜ぶ親のような心境だったのだろう。



 殺女はぴくりと眉を動かしたが、すぐにまた妖しく不敵な笑みに戻る。
 蝶がさも面白くないといった様子で口を開いた。

「やはり、こいつらと連んでいただけあって手緩いわねぇ」
「ふふん……あなたのやり方を見せてもらうわ」

 殺女のせせら笑いながらの返答に、蝶はきっ、と眉を吊り上げる。
 どこまでも嫌な女だ。見ているがいい、華撃団を倒し叉丹と共に歩むのは自分なのだ。

「皆殺しにして叉丹様にご報告をっ」

 紫電不動の単眼に光が宿る。同時に大神が叫ぶ。

「全機散開!」

 そして、戦闘が始まった。

-6-

「カンナは右手の鉤爪の集団を食い止めろ。アイリスはさくらくんとすみれくんの回復だ」
「了解っ」「うん!」

 自らも酸弾を斬りつけながら指示を出す大神に、威勢のよい返事が飛ぶ。

 色とりどりの霊子甲冑を駆る少女たちは、実にきびきびと動いていた。
 この人となら、あやめを助け出すことができる!
 それは予想や希望ではなく、確信だった。大神の意思が、思いが、存在そのものが、彼女たちに力を与えていた。ただ一人を除いて。

 次々と飛ぶ大神の声を、マリアはどこか遠くに聴いていた。ミスを犯すことはない。ただ目標に照準を合わせ、引き金を引く。それだけだ。
 慣れたはずのその動作を繰り返す中で、彼女は言い知れぬ胸騒ぎを感じていた。胸の奥がちくちくとするような、不快な感覚。自分の中の誰かが頻りに胸を叩く。

 何度こうして戦ってきただろう。何度こうして敵を屠ってきただろう。
 再び照準を合わせ、引き金を引く。銃声と振動。敵が倒れる。それだけのこと。残ったものは硝煙と、また一滴、血を吸って重くなった己の手。

 先程の大神の姿が離れない。
 彼は諦めてなどいなかった。あやめを助け出してみせる。その思いに溢れていた。
 彼は決してがむしゃらに言ったのではない。
 直向きで、真摯で、熱っぽくありながら、それでいて確固たる自信に満ちた声。あの毅然とした態度を崩さなかった大神を眼にした時、この人はすべてを手に入れる、そう思った。

 ならば、自分の決心はどうなってしまうのだろう。
 自分は大神ほど強くない。何を捨てても強くはなれない。ずるい、と思ってしまった。この人はいつもそうなのだ。いつも、自分の心を掻き乱す。

 眩しくて、隠れたくて、でも憧れて。
 ……狂おしい。

「マリア、左手の液射を!」
「……了解」

 余計なことなど考えている暇はない。ここは戦場なのだ。自分は戦士なのだ。
 黒色の神武の機関銃が、再び火を吹いた。





「ええいっ!」
 斬っ!

 桜色の神武が振るったシルスウス鋼製の太刀が、鮮やかに弧を描き、排気管が盛大に蒸気を吹き出す。
 重量感溢れる、ともすれば鈍重にも見えるその機体も、然るべき者が操れば信じられないほど俊敏な動きを見せるのだ。そして、その陰には多くの人々の汗と涙と思いが込められている。

 聖魔城が復活しようとしている影響なのか、降魔の数はこれまでより多く長期戦になったが、ようやく殲滅に成功。残すは蝶の操る紫電不動のみ!



「見てなさいっ、殺女! 叉丹様と共に野望を果たすのはアタシなのよ!!」

 嫉妬に駆られヒステリックに叫ぶ蝶を、七機の神武が取り囲む。

「いくわよっ」
「甘いでぇ! ほーら!」

 緑色の機体に放った、その妖力で作り出した光弾は容易く躱され、反撃の誘導弾が命中する。

「それぇっ!」

 菫色の機体は紫の機体を大きく薙ぐと、瞬時に飛び退きこちらの反撃を許さない。

(ちょこまかと動いて……。小賢しい!)

 皆機敏で隙がない。
 次々と攻撃を受けた蝶の顔には焦燥が浮かんでいる。
 なぜだ? 叉丹に力を与えられた自分が、なぜこんなにも追い詰められているのだ?

 そんな蝶の視界に、他と比べて明らかに緩慢な動きの機体の姿が入った。
 にたりと唇の端を上げると、双の腕を掲げる。
 辺りの妖気が急速に膨張してゆく。紫電不動の周りの気が不自然に歪み、バチバチと放電し出した。

「全機後退! 不動から離れるんだ!!」

 まずい! 何か技を繰り出そうとしている。そう瞬時に察知した大神が叫ぶ。
 その間にも、両手に宿った青白い稲妻が頭上で絡み合い、塊となってさらに膨らんでゆく。
 その顔を喜悦に歪ませて、蝶は高らかに言い放つ。

「はあぁぁぁ……雷舞、電死牡丹っっ!!」

 白熱した電撃が放たれたその先は……!

「マリアッ!!」
「!!」

(駄目っ、間に合わないっ!)

 目の前が真っ白になる。咄嗟にきつく閉じた瞼。天をも恐れぬ、魔の作りし雷(いかずち)が、違わず黒色の神武を打ちつけようとしたその瞬間。

 ズガァァァンッッッ!!!

 轟く爆音。しかし衝撃はない?
 恐る恐る覗いたファインダー。暗視カメラからのモノクロの世界には、一機の霊子甲冑の背が映っていた!

「!!」
「何っ!?」

 額の上で交差させた二本の小太刀。紛れもなく神武隊長機。

 それはありえない速さだった。あの瞬間、動車輪を稼動させても、間に合わないはずの距離だった。だが、大神は間一髪マリア機の前に飛び出したのだ。
 直撃を受けた純白であったはずの機体はあちこちが焦げて黒ずみ、関節やら排気管の途中やらからシューシューと蒸気が吹き出している。肩の辺りは、無残にも第二装甲まで剥げてしまっているではないか!

 それでも大神は立っていた。
 護るように、膝もつかず立ち塞がっていた。

 誰もが眼を疑った。
 蝶も、少女たちも。指令室で見守っていた米田も、操作員たちも。一心に祈祷を行っていた巫女たちですら、一瞬その動きを止めた。
 皆、咄嗟に何が起きたのかわからなかったほど、信じられない光景を前に固まっていた。

「…………」

 マリアは声も出ない。ただ呆然とその背中を見続けていた。

 大神は振り返らず、小太刀を瞬時に構え直すと、一気に不動に詰め寄る!

「……っせい!!」

 一閃! 蝶は避けることも守ることもできず、大きく後ろによろめく。

「な、なぜ……っ」

 そんな蝶に勝ち目などあるわけがない。大神の返答は続けざまの攻撃。周囲の霊気はあっという間に高まってゆく。
 機体が稲光に包まれ大きく跳躍する。光は二本の小太刀に集い、やがて神々しい球を作り出す。これこそ天の雷。
 その力を宿した狼は、邪なる者の懐に跳び込み、裁きの刃を振り下ろす!

「狼虎滅却……無双天威っっっ!!!」

 光は柱となり、そして爆発した。

「嫌……嫌……叉丹様ぁぁぁ!!」
 カッ! ……キュドォォォンッッッ!!!

 断末魔の叫びは、閃光と機体の爆発音に掻き消されてゆく。



 白光から開放されようやく眼を開けた少女たちが見たものは、大きく抉り取られた地面と、その中央で刀をだらりとぶら下げたまま立っている一機の霊子甲冑だった。
 そして、その彼が振り返った。
 関節も霊子力機関も常ではない音を立て、事の凄まじさを語る。

 なんて無理をするのだろう。
 信じられないスピードで飛び出し、撤退は間違いない直撃を受け、そんな状態であれだけの大技を繰り出すなど、無茶としか言いようがない。
 大神はそれだけの力を秘めているというのか? 少女たちは戦慄しながらも、次々とハッチを開け、飛び出してゆく。今はとにかく彼の安否が第一だ。

 うっすらと明るくなり始めた東の空を背に、蒸気を吹き出しながら隊長機のハッチも開く。幸い変に歪んだりはしなかったようだ。

「「「「「「!!」」」」」」

 湯気が晴れ、大神の姿を眼にした時、少女たちは皆息を呑んだ。
 額と口元を赤いものが流れ、純白の戦闘服にも所々斑点が浮かんでいる。その顔は急激かつ多大な霊力の放出によってか、蒼白ともいえる様相だ。
 ただ、なぜかその黒髪だけはいつもよりも逆立っていて、本物の鬣にすら見えた。

 大神は黙って機体を降り、こちらに歩いてくる。
 不意にその身体が傾きかけると、はっと我に返ったさくらとすみれが駆け寄り左右から支えたが、大神はその手を優しく解くと、一番後ろで放心しているマリアに眼を向けた。
 マリアはそれだけで、へたりと腰が抜けたように座り込んでしまう。
 大神はふらふらと彼女のもとまで歩き、しゃがみながらその手を取った。彼女の瞳は虚ろで、視線はこちらに向いていても何を見ているのかわからない。

「そんな…………私……私、なんかのために……」

 その言葉を聴いた途端、大神ははっと眼を見張ると、苦しそうに顔を強張らせた。だが次の瞬間、どこにそんな気力が残っていたのかというほどの大声で叫んだ。

「馬鹿なことを言うなっ!!」

 アイリスが、ひっ、と小さく声を上げ、他の者もびくっと肩を竦ませた。普段の温厚な彼からは想像もできないほど、激しい怒りの感情。蒼白だった顔が紅潮している。
 唖然と大神を見上げているマリアに、彼は続ける。

「そんな……自分を卑下するような言葉は、金輪際口にするんじゃない!!」
「…………」
「忘れるな、脛に傷を持つのは何も君だけじゃない……。誰だって傷つきながら生きてゆくんだ!」

 そう言い放った顔が、徐々に崩れ、くしゃみでも我慢しているように歪み、大神は唐突にマリアを抱き締めた。ただがむしゃらに。骨も折れよとばかりに。

「…………君は……ここにいればいいんだ……」

 マリアは呆然としながら、大神の言葉が染み込んでゆくのを感じていた。それはあたかもひび割れた大地に降る恵みの雨が如し。

 やがてその翡翠の瞳が潤み、その頬を涙が滂沱として流れる頃には、彼女はその手を大神の背に、きつく、きつく回していた。





 ザザーン……ザザーン……。

 波の音が聞こえる。
 流れついた砂浜で、寄せては返す波の優しい愛撫に眼を覚ます。

 ザザーン……ザザーン……。

 波の音だけが聞こえる。
 離れ離れにならぬよう繋いだはずの手は、いつのまにか砂を握っていた。

 どこにいる?
 …………いた!

 夜目にもほんのりと光る雪白の肌が、波の間に浮かんで見える。
 呼びかけようとして、止まった。

 沖へと向かっている!?

 駆け出す。砂に脚を取られ転びそうだ!
 ああ、どんどん小さくなってゆく!

 振り返ったその瞳。あまりに哀しいその眼差し。

 駄目だ駄目だ駄目だ! 戻ってこい!
 なぜ自分を責める? なぜ自分を貶める? そんなことは……許さないっ!!

 無茶苦茶に水の中を走り、飛びつくように抱き締めた。

「馬鹿……」

 そう言ってから自分が泣いていることに気づいた。
 擦り合わせた彼女の頬も、ああ、濡れている。
 塩辛いけれど海水ではない、透明な水で。

 ザザーン……ザザーン……。

 波の音が聞こえる。
 血は消えない。罪は消えない。
 だが、波に洗われた姿を見出すだろう。
 この、果てしなき海に抱(いだ)かれて。この、母なる海に抱かれて。

-7-

 空はどこまでも高かった。

 帝都上空をゆく翔鯨丸。
 その空飛ぶ鯨の上で、マリアはあやめが愛した街の空を眺めていた。

 聖魔城は復活し、大挙して現れた降魔によって街並みは無残であったが、空はなんて蒼いのだろう。なんて高く澄み渡っているのだろう。

(あやめさん……やはりあなたは正しかった。私を導いてくれたのは、やはり善の人だった。だから……だから私はここにいるのですね)

 艦橋への扉が静かに開き、精悍な顔つきの男性が姿を現した。

「マリア」
「隊長……」

(……だから私は、この人と共にあるのですね)

 マリアは静かに微笑む。つられて大神も笑みを浮かべるが、不意に真面目な顔に戻り窓際に立つ。マリアも視線を窓の外に戻した。

「……いよいよだな」
「そうですね……。今度の敵は……あまりにも強大です。正直言って、私たちの力がどれほど通用するか……」
「…………」
「それでも、私たちは戦わなければ……勝たなくてはいけないんです! かけがえのない、大切なものを、護るために……」

 一つ一つ、確認するようにマリアは言った。その瞳に迷いはない。

「……大切なもの……か」
「…………」
「……もし、俺が死んだら、君のロケットに写真を入れてくれるかい?」

 マリアに向き直り、悪戯っぽく大神は言った。彼女が眩しくて、少しだけ寂しくなったのかもしれない。

「……隊長!! なんてことを言うんです!?」
「いや……冗談だよ」
「冗談にしても、度が過ぎます! そんなことを口にするなんて……」

 マリアは本気で怒っていた。それは大神が言ってはいけない言葉だったから。彼も、自分たちも、否定する言葉になるから。

「私も……皆も、隊長を信じているんです」
「ああ……悪かった」
「…………」

 まだ不安なのか、マリアはその顔を曇らせている。
 だから大神は彼女の手を取って、その顔をまっすぐに見つめた。

「俺は死なないよ。絶対に死なない。もし俺が死んでしまったら、一体誰が君を護るっていうんだい?」
「……!」
「俺は、マリアを護る。絶対に死んだりなんかしない!」

 マリアの前を去っていった人々……その誰とも違う答えを大神は出した。生き続け、彼女を護る、と。

 自分は死神だと、己を責め続けたマリアにとって、それは赦しだった。
 すべてを受け入れてくれる人。すべてを包み込んでくれる人。

 そして、永きに渡り彼女が拒みながらも心の底で渇望した、癒し。



「私は……弱い人間です」
「…………」
「この瞬間が……時の過ぎることさえ恐れている……」
「……弱さを否定することなんてない」

 繋いだ手に力がこもる。
 今もまた変わらずに温かい大神の手は、マリアに無上の安心感を与える。

 そう、否定することなんてない。なぜなら……。

「君は……俺が護る」

 確認するようにもう一度伝えられた言葉を、マリアはじっくりと噛み締めた。



 戦の術(すべ)持つ黒衣の聖母よ。
 答えは齎された。
 白き天狼の勇者によって。



 大神はマリアの肩を抱き寄せた。
 マリアはすべてを大神に委ねていた。
 穏やかな安らぎの中で、自分はこの人についてゆくのだ、と……そう確信した。





 空はどこまでも続いていた。

 あなたがいるから戦える。ふとそんな言葉が頭をよぎる。
 今思い出した。それもまた、かつて思ったことと同じなのだ、と。

 強さは、弱さの肯定によって得ることができたのか。
 そう思いながら、マリアはそっと眼を閉じる。

 彼女が護った街だから。
 彼女が命を賭した街だから。
 この男性(ひと)と……出会った街だから。

(あやめさん……あなたの導きのもとに、巡り出会えたこの奇跡を感謝します)

 だから、ここで戦う。信じ合える人たちと共に。

 再び開いたその瞳には、ただひたすらに蒼い空が映っていた。





 何度海に突き落とされようとも、再び翔けてみせよう。
 たとえ片翼折られようとも、この人と抱き合い一対の新たなる翼を得、共に飛んでみせよう。
 この、蒼穹に誓って。

-了-