研究会 魔人学園TOP  表玄関

秋霜-syuuso-

 くっそぉ…全然わかりゃしねぇ
 乱雑に本を積み上げる。もう何冊目になるだろうか…
 少々乱暴に椅子をひいて、再度本棚に目を通す。
 そもそも学校の図書館に俺が探している系統の知識を求めたのが不味かったか?
 剣道の歴史…剣道の歴史なんて、戦後からに決まっている。
 剣豪列伝。大体の奴は戦国時代から後だから、これも関係ねぇな
 神道流…これは結構古いから…駄目だ。外向けの本にそんなのは書いてねぇや
 なんで、こんなありきたりな本ばっかりなんだよ。
 周りに響かないくらいの声で、愚痴を言う。

「京一…そう言うものは武術系統の分野じゃ解らないよ」
 横から笑いを含んだ声がした。俺は不機嫌な声をしながら顔だけを後ろに向ける。
「稜か…その声は」
「うん」
 にこやかにその相手は肯定する。

 水原 稜一朗。今年になってやってきたクラスメートで、俺の親友。
 少々何を考えてるか解らない奴だが、勘は鋭いし、知識があるんで重宝している奴だ。
「どうせ霧島君関係だろ?歴史関係か芸能関係を調べた方が早いって」
「何で解る」
 更にふてたような顔で奴の顔を見直すが、全く答えた様子がない。それよりも更に嬉しそうな表情になったようだ。
「片手持ちの剣術を探してるんだろ?直刀で片手で使えるものって今は残ってないからね」

「…俺が西洋の剣術を探してるとは思わないのか?」
「知ってる限りじゃ、西洋剣の剣術は残ってないと思ったけど?」
 俺の意地悪な引っかけには、全く動揺してないか、更に俺を追いつめようとしてるのか、にこにこしながら答えてくる。
「だから京一の探しているのは、古代の剣から太刀に代わる頃の剣術、だろ?」

 …大当たりである。大当たりすぎて返事も返せねぇ
 言葉もなく、こくこくと頷く。
「だから古代から中世について調べた方がいい。余力があるなら宮中の関係も調べてみるといいかもね」
 宮中?…宮中って天皇関係のことだよな…
 日本の中で時が止まった場所…なんでそこが??
 俺は思わず考え込む。

 ちくしょう、何でこう言うときに答えが出てこねぇかな!授業じゃなくてもいい!何かヒントになりそうな事を思い出せねぇか…
 待てよ…芸能??
 昔、師匠に教わったような気がする。昔は技術が盗まれないように芸能の伝承は全部口伝で伝えられてたっていってたっけ…その時代時代でその技が変化してしまうことがあったって事…そうか!

「稜、お前の言いたいのは、芸能の関係ならその変化が残ってるかも知れねぇってことだな」
 そう言ったら、凄く嬉しそうな表情になる。
 くそぉ、師匠と言い、こいつといい、相手が重要なことが解ると、途端に嬉しそうな顔になるのな。

「その通り。宮中は芸能に関しては宝庫だよ」
「だけどな、宮中の事なんて俺には調べようがねぇ…後残ってると言うと…あ!」
 大声を上げかけた俺の口を、慌てて稜の奴が押さえつける。
 だが、俺はそんなことには構っちゃいられない。脱いでいたガクランをつかむと椅子から立ち上がった。

「もう一つ、残ってるかも知れねぇ場所見つけた!雪乃ン処行って来る!」
 そのまま出口に、向かって走り出す。
「あ、おい!本、どうするんだよ!」
 後ろから稜の慌てたことが飛んでくる。だが、俺の足は止まらない。
「片づけといてくれよな。埋め合わせは今度するわ」
 それだけ言うと、バタンと扉を閉める。
 扉越しに聞こえる図書委員の注意の声。一瞬だけ後悔して、手を合わせる。それよりも俺にはやることがある。

 

「どうしたんだよ」
 荒川の織部神社。
 突然の来訪に、雪乃が持っていたほうきを地面に落とす。
「…俺がここにいるのはおかしいか?」
 憎まれ口を言う俺は、何だか神妙な表情をしていたらしい。少し距離を置いていた雪乃の表情がまじめなものに変わる。
「何か訳がありそうだな。よし、話を聞くからとりあえず中に入れよ」
 そう言いながら俺の背中を押す雪乃の手は、寒空の中巫女姿で境内にいるせいか凄くひんやりとした感触だった。
 その冷たい感触に少しからだをこわばらせると、雪乃は背中に触れていた手を慌てて引き込める。
「あ、悪い。なんせこの寒さだから、すっかり冷えっちまった」
 そう言って、慌てたかのように手に息を吹きかける。
「とりあえず、中に入ろうぜ。お茶くらい入れてやるからさ」
 落ちたほうきを拾ったかと思うと、俺の方を振り向きもせずに歩き出す。
 案内された先は、以前招き入れられた客間だった。

「オレに教えて欲しい?そいつは珍しい」
「本当に珍しそうに言うんじゃねぇ」
 まじまじと見られたんで、思わず反論する。教えて貰う目的があるので、いつもの何割かは下手に出てるが、一通りの説明が終わってから、雪乃の奴が返した反応がそれだった。
「なら、どんな用件でここまで来たと思ってるんだよ」
「…だよな。こんな所までこねぇよな」
 納得する雪乃を見ながら、勧めてくれたお茶に手をつける。

「雛乃じゃなくて、オレの理由は?」
「血縁に習ったって言ったろう?なら、一通りの芸能まで教えられているはずだ。雛乃ちゃんは、どちらかというとそう言う舞は専門じゃないはずだからな」
「そこまで推測がつくのは見事なもんだな…」
 雪乃はそう言うと、黙り込んで何かを考えている。

 時々二人のお茶を飲む音と、雪乃が湯飲みにお茶を注いでくれる音だけがする。
「先輩って慕われるからには、出来る限りしてやりてぇだろ」
「そりゃ…そうだな。だけど倉をひっくり返すのもずいぶん手間だぜ」
 俺の言葉に、気のない返事。気のないと言うよりは何かを躊躇しているという感じか。
「だからと言って、適性のないものを教え続けるよりはいいさ」
「お前が言うと、何だか似合わないけど、正論だよな…」

「で、本当のところは?」
「解るか?」
 見透かされていたか。そう思いながらも笑いが止まらない。
 良く醍醐に「人を喰ったような顔だ」と言われる顔を見せながら続ける。
「正直言ってよ、俺はあいつと闘いてぇんだよな…今にみてろ、絶対あいつは強くなるぜ」
「手の内を知られたくない…いや違う」

 雪乃がこちらの目を覗き込む。いつもは感じられないが、さすがはそう言う家に生まれただけはある。
「お前の流儀じゃ、霧島君の力は最大限にならない…そうだな?」
「ご名答」
 俺は思わず手を打つ。当然の事ながら、どつかれたが。
 実は、もう一つ理由はあったが、雪乃はあえて聞かないし、俺も言わない。
 あいつに、俺達の技は似合わない。

「いいよ。そう言うことなら教えてやるよ」
「いいのか?」
 身を乗り出した俺の身体を静止するように、手をかざしてそのまま立ち上がる。
「ただし、条件が一つある。これからオレが見せるものは誰にも言うな」
 何故か口調は厳しい割には、顔を俺から逸らしてそう言った。
 なにか問題があるのか不思議に思ったが、そらされた顔からは何も伺いしる事が出来ない。
「それが出来るならば、教えてやるよ」
 教えて貰うことが出来れば、どうでもいい。そう思っていた俺は、その言葉に即座に頷き、雪乃に教えられるまま、道場の方へ足を運ぶ。
 雪乃は奥の倉の方に用があると言って、そのまま姿を消した。
 雪乃が妙に落ち着かない様子で、道場に姿を現したのは、それから少し後。

 格好は、先ほどの巫女装束。手には剣らしきものが握られていた。
「もしかして、舞ってくれるのか?」
 俺の疑問に、途端に顔が赤くなる。口調も慌てたような感じになった。
「いいか?これは霧島君のためだからな!」
 声も段々大きくなる。一体どうしたんだろうか。
「ああ、解ってる。でも、お前らしくねぇんだが…どうした?」
 柄にもなく心配する俺を、雪乃は更に赤くなった顔でにらみつける。
「何でもねぇよ。じゃぁ、覚えられなくても一度だけだからな!」
 そう言って、俺から少し離れた場所に位置を取る。ちょっと高めの場所にある窓が、ちょうど庭の紅葉を映していた。

 手を挙げた途端に、すっと目の前にいる雪乃の雰囲気が一変する。
 いつも見慣れているはずの元気な奴とは違い、憂いを持ってるような感じだ。
 剣を持ってるのからいって、武者だろう。だがその立場とは反対な違和感を感じる。

「…とんでもねぇぜ」
 俺は見ながらそう呟いていた。
 初めは、霧島のために動きだけを見るつもりだった。
 だが、その動作の一つ一つに惹かれるのだ。今まで芸術なんてもんに興味なんか覚えなかったのに、動きの影にある切なさ、はかなさに酷く惹かれる。
 使い慣れない剣をたどる動き。それは、見えない相手のためのもの。
自分はどんどん陰になり、光の当たる武者が浮かび上がる。
 幻の武者が浮かび上がるほど、たどたどしいその動きが、正確に荒々しい戦場の動きに変わる。剣だけがその幻の悲鳴を上げているようで…
 雪乃にではないのだろうが、見ていると酷く胸が苦しくなってきた。
 胸を押さえ、ゆっくりと息を吐く。だが、視線だけは絶対に雪乃から外さなかった。

「京一!どうした?具合でも悪いのか?」
 気が付くと、かなり近距離に心配したような雪乃の顔がある。いつもながらの雪乃に、いくらかほっとした。
「ああ、大丈夫だ。参考になった」
 そう告げると、ほっとしたような表情になる。
「そうか?それなら、やったかいがあったな」
「ありゃ…悲恋か?」
 そう聞くと、途端に動揺が表情に現れた。
「え?ああ…そうだよ。兼惟っていうんだ」
「そうか…でもなんで、お前がそんなに照れるんだよ」
 先ほどから、どうにも疑問だったことをとうとう口に出してしまった。
どうしても、その理由が聞いてみたい。

 雪乃は、こちらから視線を外し、今までの声からは想像できないほど小さな声で一言だけ呟いた。

 何とか顔を近づけて聞いた俺の顔も赤くなる。
「…だって、オレ、そう言うのよくわからないからさ…」
 もしかして、俺はとんでもないことを聞いてしまったのだろうか?


・後書き
 京一・雪乃コンビです(笑)
 ぽむぽむ倶楽部さん発行の[Naked Love]の補完編というかなんというか…
勿論、知らない方にも解るよう書いたつもりです。
 霧島君のために走り回る京一と、その思いを助けてあげたいという雪乃。普段は何かとぶつかりそうな二人のちょっとした話が書きたかったものですから(笑)

作中に出てきた『兼惟』については、こちらです。

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