日記

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2003年9月6日(土) 小さいファン

稽古が終わり、整理体操の前に時間を計るために誰か一曲歌ってほしいとの師匠の要望。
あいにく誰も歌わずに筋力の限界を迎えたのだが…

その後の整理体操時、師匠がニコニコしながらあることを口にした。
「うちの○○ちゃん、カラオケ行くと激帝を歌いたがるんだよねー」

…すいません、瞬間吹いちゃいました^^;
どうやら、すみれさんがお好きなようで。

師匠は中原が同人をやっていたことは知っているので、詳しくは言いませんでしたが(笑)

2003年9月7日(日) 祈りの形が

違うことは当たり前のことで。
祈る対象が違うならば、理解するのも難しいこともよくある。

けれども その姿を見て 何か心に浮かんだことを伝えたいような伝えたくないような
伝えてもうまく言葉にならないような気にも よくなったりする。

2003年9月11日(木) 主義主張など隣の君さえ

僕とはあわないというのにね。
僕の価値観を押し付けたところで、ほんの一部しか僕の感じたことを共有できないというのに。

押し付けることが正義だと思う人がいる。
共有できないことが、悪だと信じる人がいる。
己の生き方がかっこよくて、すばらしくて、同じ生き方をすればすべてがうまくいき、幸せになると信じている人がいる。

どんなそちらから見て不便な生き方をしてようが、筋が通ってないように見えようが、自然の摂理に乗っ取って、己たちの筋を通し、それで他の人たちに害を与えていないシステムであれば、それを壊す権利など善意であるか悪意であるか関係なくあるはずが無い。

もしも強行しようなら、自分が一生を終えるよりも長い時間消えることの無い火種を抱え込むことになるのだろう。



…ここ数年こんなことを言い続けて、しかし善人である人たちは、主張を辞めようとはしない。

2003年9月12日(金) 私らは芸人だからねぇ

数年前から、そんな言葉がふとしたときに出てくるようになった。
武術というものの欠片を拾い集めるようになったころ、先生に武術家ではなく、自分たちは武芸者なのだと聞かされたころからだと思う。

何かあれば、奉納と称して技を表に出し、そのために日々鍛錬に励む。
なかなか理想の稽古にはならないけれど、それをいつも頭においてすごしてきた。

技など使わなくても、危ないことは理解できて、それを避けることを早めに気がつくことができる。
舞のきれいな人たちのきれいな姿を舞踏家の方たちとは他の形で感じることができる。

それもその成果だと思う。


いつもそう過ごしながら、願っているのはいつも同じ。
これが技というそれを見て何かを誰かが感じるような芸にすること、そしてこれを自分のところまでつなげてくれた先人たちのひとかけらでも自分達が次の人たちに譲れるように。
それが技ではなく、何かの言葉だとしても。その基本はきっと変わらない。

2003年9月26日(金) 仕事が佳境でもないのに

なんか通常勤務とはかけ離れた勤務体系な今日この頃。
もともと壊れかかった右肩のほうは、すでに危ない状態で。
「痛いですかー?」と聞かれると「笑えるくらいですねー」と返す日常。


全部が全部余裕が無くて、相談にも乗ってあげられない自分に腹が立つ。
疲れたら、肩位貸してあげるよといいながら、その肩が壊れてるんじゃ笑い話にもならない(苦笑)

腕を貸しますといいながら、結局は手が足りないところに放り込まれて、その場限りの労働力を貸して日々の糧を得てる。
ただそれだけ。

一年前と何が変わったというのだ?一年前より無くなったもののほうが大きいだけだ。

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Akiary v.0.51