「……そうだったんですか。主役を選ぶのは、確かに責任重大ですね」
温かい紅茶を口に運びながら、かすみはなるほどというように呟いた。
ここは煉瓦亭。
伝票整理を手伝ってもらった謝礼にと食事に誘ったものの、大神はどこか上の空。訊いてみれば、クリスマス公演の主役選びという大役を任されたそうだ。
決して短くはない時間を、花組の少女たちと過ごしてきた大神ではある。
とはいえ、舞台のこととなると「自分は素人だ」と半ば決めつけている彼だけに、重荷に感じてしまうのも仕方がないのかもしれない。
(大神さんは何を気にかけているのかしら?)
頼りになる指揮官の姿とは懸け離れた、気弱そうに沈んだ表情を浮かべる大神。
そんな彼を見ながら考えると、かすみはすぐに穏やかに微笑んだ。
(……選ばれなかった人のことを案じているに違いないわ。
そういう優しい人だから、花組の皆さんに好かれるのよね。そして私も……って、やだ、何言ってるのよ、私ったら!)
ぶるぶると頭を振るかすみ。
(……ふう、いけない、いけない。
……そうよ、力になってあげたいわ。「一番好きな人を選べばいいと思います」ってアドバイスしましょう。きっと、それがいいはずだもの)
うんうんと頷くかすみ。
(……もしかして「一番好きなのは君だよ、かすみくん」なんて言われたらどうしましょう!?
……はっ、何考えてるのよっ、そんなことあるわけないじゃない!
私は花組の皆さんのように取柄があるわけでもないし、大神さんより年上だし……。でも、でも、もしかしたら……。
……ああもうっ、ダメダメ! しっかりしなさい、私!)
ぺちぺちと頬を叩くかすみ。
……当然、大神の前で。
「……あのう……かすみくん?」
困惑という文字を顔に書いた大神に気づき、慌てて姿勢を正す。
周囲の客の視線が注がれているのは気のせいだ。大神の顔が少々引きつっているのも気のせいだ。かすみはそう自分に言い聞かせた。
「……とっ、ところで、大神さんが一番気になっていることは何なんですか?」
「それは……」
「…………」
少しだけ期待の交じった面持ちで見つめるかすみに、大神は言った。
「……主役候補にマリアがいないことなんだよ」
「……はあっ!?」
-了-