コイビト

 もうっ、頭に来ちゃう! お兄ちゃんたら、またアイリスのこと子供あつかいしてぇ!

 おやつのエクレア、自分の分だけでガマンできるもん。それなのにお兄ちゃんたら「俺の分あげるよ」なんて言わないでよね。
 そりゃあ、だーい好きなエクレアだから、ちょっとだけうなずきたくなっちゃったけど……。ああんっ、そんなことはいいの!

 やさしさからだってのはわかるけどね〜え? アイリスだけエクレア二個も食べてたら絵にならないじゃない!
 恋人同士だったらぁ、一個のコップにストローを二本差したり……きゃはっ、……とかってするものなのに〜! そうだよねっ、ジャンポール。



 もう、お兄ちゃんてば、アイリスのこと妹かなんかだと思ってるんだから!

 ……「お兄ちゃん」だからなのかな?
 お兄ちゃんがアイリスの「お兄ちゃん」じゃなくなったら、ホントに恋人になれるかな?

 えっとぉ、お兄ちゃんじゃなかったら…………おじちゃん?
 ぶるぶるぶるっ! ちっがあぁぁうっ!!

 えーと、えーと、そうじゃなくて…………い、一郎、さん……?
 …………ポッ。……やっ、やだぁ……。
 いやぁん、もうやだぁ、お兄ちゃんたらぁ〜。パシン! ……あっ、ごめんねっ、ジャンポール!





 ええ〜、コホンッ。
 ダメよっ、こんなことじゃいけないもん! ……そぉだ! 練習しようっと。

 ……いち、いちろー……さん……。
 ダメダメ、もっとなめらかに!

 ……い、一郎、さん……。
 ううんっ、もっと自然に!

 ……一郎さん……。
 あ……今、なんか変だった。なんかこの辺……そう、胸のおくが変……。

 一郎さん……。
 やっぱり……。なんかおかしいよ。「一郎さん」って呼ぶと、ギュッてちぢむみたいなの。
 ふえぇぇん、どうしてぇ? こう呼んじゃいけないの〜? だれかがおこってるのかなあ?

 でもなんでかな? 苦しいけどイヤじゃないの。なんだか特別なことだって気がするの。
 特別……。うん、そうだよね! 特別なことの印なんだ! だって、苦しくなるのといっしょに、同じところからうれしい気持ちがわいてくるんだもん。

 でもその気持ち、ちゃんと出てきてくれないの。のどの辺りで突っかかってるみたい。変なの。すっぱい気がするよ。
 な〜んで止まっちゃうんだろ? 外まで出てきてくれたら、もっとうれしくなれそうなのにな。ねえ、ジャンポール?





 一郎さん……。
 特別な呼び方。

 一郎さん……。
 さくらやすみれだって、こう呼んだりしない。

 ……今度、お兄……じゃなかった、一郎さんの前でも使ってみようかな? そうしたら、アイリスが……一郎さんの特別になれるかな?
 特別……。アイリスが特別……。それって……恋人、だよね?
 ……きゃあ〜、もうっやだぁ〜。パシーン! ……あっ、ごめんねっ、またたたいちゃった。

 えっと、じゃあそれの練習。ジャンポール、ここに立って。
 ジャンポールがお兄ちゃん……、ジャンポールがお兄ちゃん……。よしっ! アイリス、行きますっ!
 い、いち…………。
 ……うえぇぇんっ、やっぱりはずかしいよぉ。それにそれに、また胸が苦しくなったら心配かけちゃうかもしれないし〜。



 一郎さん……。
 一人の時なら言えるのにな……。

 ああっ!! も、もしかして……みんなも一人の時はこう呼んでるんじゃ!
 ヤダヤダッ、そんなのヤダよぉ。お兄ちゃんの恋人はアイリスなのぉ〜! だからダメだもん! アイリスが「一郎さん」って呼ぶんだもん! だから…………。

 …………クスン、わかってるもん。みんな、お兄ちゃんが好きなんだって。……ごめんなさい。アイリス、わがままだね。





 お兄ちゃんが好きなの。
 ねえ、お兄ちゃんもアイリスを好きだって言ってくれたよね。でも、その「好き」はちがうんだよね。
 ……あっ、ちがうの。お兄ちゃんウソついてない。ホントに好きだって思ってくれてるのわかるよ。心を読んだりしなくても、ホントに伝わってくるよ。
 でも……それは恋人にしたい「好き」じゃない。

 ねえ、お兄ちゃん……。どうしたらアイリスを恋人にしてくれる? どうしたらアイリスを……愛してくれる?
 みんなの前で「一郎さん」って呼べるようになったら? それとも……アイリスが大人になったら?

 むぅ、アイリス子供じゃないもん。みんなと同じ舞台に立って、みんなと同じりょーしかっちゅうで戦ってるもん。
 カンナやすみれなんかいつもケンカばっかで、よっぽど子供みたいだよね。



 ねえ、お兄ちゃん。アイリス子供じゃないよ。お兄ちゃんを大好きな「オ・ト・メ」なんだから!
 だから…………お願いだから、女の子として……好きに、なって…………。

 ああん、もうっ! こんな弱気じゃダメダメ!
 アイリスのミリョクで、ぜえぇぇったいっ振り向かせてみせるんだから! 覚悟してよね、お兄ちゃん!

-了-