地中海の朝焼け
秋公演が終わってまもなく、マリアは米田に呼ばれて支配人室へとやってきた。
「支配人、マリア・タチバナ参りました。」
「おッ。入れ〜」
相変わらずの返事に苦笑しながら、部屋に入った。
「マリア、ご苦労さま。」
室内にはかえでもやってきていた。
「お呼びでしょうか、支配人。」
「おう、実は秋公演が終わったばかりでなんなんだが、明後日の花小路伯の渡欧のお供を頼みてぇんだ。」
「明後日…ずいぶん急ですね。」
「ええ。本当は今回は私がお供する予定だったんだけど。向こうでどうしても何日間か他に回る用事があって。その間、伯爵をおひとりにするわけにはいかないので、マリアにも一緒にいってもらえればと思って。」
「私はかまいませんが……。」
欧州…という言葉にマリアは数ヶ月前に旅立った大神思った。花小路伯のお供ということで、会うことはかなわないだろうが、それでも少しでも近くに行けることがうれしかった。
「そう、よかったわ。花小路伯もきっと喜ばれるわ。」
「まあ、留守中のことは心配いらねぇよ。俺がちゃ〜〜〜んと目ぇ光らせてるからよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
数日後、マリアは日本を後にした。
最初の訪問地である英国に着くと、すぐかえでは自らの任務により、行動を別にした。英国、独逸、伊太利と回った後、マリアは精力的に賢人機関の要人たちと会談をする花小路のお供ということで忙しい時間を過ごしていた。あっという間に2週間が過ぎ、最後の目的地仏蘭西のリゾート地、ニースにはいった。
「ご苦労様です。伯爵。」
飛行船から下りた二人をかえでがむかえた。
「おう、かえでくん。そちらの首尾はどうだね?」
「はい。こちらは万事うまくいきました。マリア、ご苦労さまだったわね。」
「いえ、私は何も…」
「いやぁ、マリア、ありがとう。本当に助かったよ。せっかく欧州にやってきたのにろくに休みもあげられなかったからね。かえでくんもきてくれたことだし、今日はここでゆっくりしなさい。」
「そんな…私は大丈夫ですから。」
「そうね、ここは最近人気のリゾート地だし、ちょうどいいじゃないの。」
「でも…」
突然のことにマリアは戸惑っていた。
「いいのよ。マリア。あなた日本では花組の隊長代理として忙しかったのに、そのまま今回の渡欧ですもの。少しぐらいゆっくりなさい。」
「…そうですね。ではお言葉に甘えて…。お心遣い、本当にありがとうございます。」
「そうそう。あなたのバカンスには欠かせない人をつれてきたのよ。はいってらっしゃい。」
「え?…あ……」
かえでが振り返った先を見て、マリアは思わず声をあげた。
「マリア…久しぶりだね。」
「……隊長…」
「詳しいことは大神くんに伝えてあるから。楽しんでらっしゃい。」
ぽんとマリアの肩をたたくと、かえでは伯爵とともに去って行った。
残されたマリアは呆然と佇んでいた。懐かしい大神が笑顔で少しずつ近づいてくる。
「マリア…」
大神がそっと手を開くとマリアはためらいなくその胸に飛び込んだ。
「隊長…本当に隊長なんですね。」
マリアの頬に一筋涙が流れ落ちた。大神はそんなマリアを強く抱きしめた。
大神とマリアは多くの観光客たちにまぎれて普通の恋人達のように並んで歩けることの幸せをかみしめながら、英国的な雰囲気の漂う、プロムナード・デ・サングレをホテルに向かって歩いた。途中、二人でこのバカンスを快適に過ごすための服や靴などを揃えた。マリアは大神にわからないようにそっと水着も購入する事にした。まだ水泳は苦手だったけれど、せっかくだから二人でビーチに出たいと思ったからだ。しかし、リゾート地故か、売られている水着は刺激的なデザインのものが多くマリアを戸惑わせた。しかし、大神と楽しくバカンスを過ごすためと、一番シンプルなビキニを選んだ。それはマリアの瞳の色と同じ緑色。それにあわせて同系色のロングパレオも購入した。
「何を買ったの?」
それぞれ買い物を終え、店の前で落ち合うと大神が荷物を覗き込むようにして訪ねたが、
「ふふふッ。秘密です。そういう隊長は何を?」
「じゃあ、俺も秘密。それより、マリア。その隊長っていうのは二人きりの時は辞める約束じゃなかったっけ?」
「あ…そうでしたね…すみません。隊…いえ…一郎さん…」
頬を染めて言うマリアの指に大神は自分のそれを絡ませた。
かえでが用意してくれたのはネグレスコホテル。豪華な雰囲気で人気の海辺のホテルだった。
「すごい……」
部屋に入ったマリアは思わずため息をついた。豪華な内装もすばらしいものだったが、さらにマリアを感動させたのは窓の外に広がる地中海だった。そして、なんといっても隣には愛しい大神がいるのだ。
ベルボーイが部屋を出ていくのを待っていたかのように、二人は固く抱き合い、飽くことなく互いの唇を味わった。次第に息があがっていくのもかまわずに、ふたりは離れていた時間を埋めるように口づけを続けた。
「マリア…会いたかった…」
「…私もです…まだ夢を見ているみたいです。」
「俺もだよ…まさかこうやってマリアと会えるなんて…」
「…花小路伯のお供で欧州に来て、隊長…いえ一郎さんと同じ空気を吸っていると思うだけで幸せだったのに…まさか、こうやって会えるなんて…」
マリアの碧の瞳に涙が溢れ一筋、二筋と頬を伝って落ちる。大神はそれを口づけで何度も拭ってやる。
「夢じゃないんですね……」
「ああ、夢じゃないよ。」
二人は再び深く口づけた。
「せっかくだからビーチに行ってみようよ。」
そう大神が行ったのはコートダジュールが午後の目映い陽光に照らされ始めた頃だった。
「ここにはプライベートビーチもあるらしいから…あ、そうかマリア泳ぎが…」
「いえ。行きましょう。せっかくのバカンスですし…それに。」
「それに?」
「さっき、水着を買ったんです。一郎さんに見て欲しくて…」
真っ赤になってうつむくマリアがあまりに可愛くて大神はその髪にそっとキスをした。
「去年の熱海では泳ぎそこなったもんな。楽しもう。マリア。」
「はい。」
マリアは微笑んだ。
しばらくしてプライベートビーチに大神の姿があった。マリアはまだ着替えが済まないようなのでとりあえず、空いているビーチチェアに寝そべって日光浴をしながら待つことにした。暖かな日差しの中でうつらうつらし始めた時だった。
「すみません。遅くなりました。」
やってきたマリアの声に大神は飛び起きた。そして、次の瞬間大神の視線はマリアに釘付けになった。白い肌に深い緑のビキニと腰に巻いたロングパレオから覗く長い脚。その足下には銀色のひもで編まれたサンダル。耳元には大ぶりの銀色のリングイヤリングが光っていた。そして、
「ちゃんとつけていてくれたんだね。」
首の細い銀のネックレスを見て大神は微笑んだ。今年の誕生日に大神からもらったこのネックレスをマリアは肌身離さずみにつけていた。
「もちろんです。私の宝物ですから。」
マリアはそっとネックレスに触れてそう言った。
「パレオがうまく巻けなくて…時間がかかってしまいました…おかしくありくませんか?」
マリアはすこし恥じらうようにうつむいた。
「そんなことない…素敵だよ。マリア。よく似合ってる。」
大神がそういうとマリアはうれしそうに笑みを浮かべた。
「よかった…隊……一郎さんに見てもらいたくて…ちょっと大胆かなと思ったんですけど…これでもかなりシンプルなモノを選んだんですが。」
「本当によく似合うよ。俺のために選んでくれたなんてうれしいな。」
「そう言っていただけると選んだ甲斐がありました。」
「はは。さあ、せっかくだから海の方に行こう。俺の泳ぎを見せてやる。」
「はい。」
二人は手をとり波打ち際へと走って行った。
ひとしきりバカンスを満喫した二人は、陽が落ちるとビーチに面したオープンテラスで海鮮料理に舌鼓をうった。マリアは質問されるがままに帝劇での出来事を話した。花組のみんなのこと、夏公演のこと…。
「でもやはり、隊長がいない花組は何かが足りないようで淋しいです…」
ポツリと漏らした一言、それがマリアの本音だった。
「俺も淋しい…みんなに…マリアに会えない日々は…でも、この仏蘭西留学を終えて、花組の隊長として恥ずかしくない男にならなきゃと思ってがんばってる……マリア。淋しい想いをさせてごめんよ。」
「…その言葉だけで私はまたがんばれます。」
「それじゃあ、花組のみんなの健康と帝都の平和を願ってもう一度乾杯しようか。」
「ええ。」
ふたりは飲みかけのぐらいをカチリと合わせた。
ディナーを終えた二人は再びビーチに出た。月明かりに照らされた浜辺を二人は歩いた。大神がそっとマリアの手をとる。マリアも答えるようにその手に指を絡めた。
「星が綺麗……」
マリアは空を見上げて言った。大神はそんなマリアを見ていた。
「でもマリアの方がもっと綺麗だよ。」
「…そんな……」
真っ赤になってうつむくマリアの顔をクイッと指で上げる。
「本当に…すごく綺麗だ…」
大神の唇がマリアの桜色の唇に重なった。ついばむような口づけはやがて深いものに変わっていった。二人の息が少しずつあがっていく。
「うッ……」
大神の手がマリアの豊かな乳房に触れる。弾かれたように反応するのもかまわずにいとおしむようにその胸をなで上げる。
「だめです…隊長……こんなところで……」
「マリア、一郎って呼んで。」
そうささやき弱点のひとつの耳を甘く噛まれてマリアの身体が大きくそり上がった。
「い…ちろう…さん…はぅっ」
大神のいたずらな手がパレオの中に潜り込み、マリアの秘所をさぐる。同時にその舌はマリアの耳を銀のイヤリングごと舐る。今はただマリアを昇り詰めさせることだけが望みだった。そのもどかしいほどやさしい愛撫にマリアはただ、身体を奮わせる。マリアは身体を大神に預け、その手は砂を掴むことしかできなかった。拒否していた言葉はいつしか甘い喘ぎの混じる熱い吐息になった。
「あッ……ああ……だめ…もう……ゆるし…て…いち…ろ……さん…」
「マリア……愛してるよ。」
「ああっ……わたしも…あい…してます…ああッ」
ビキニの脇から忍び込んだ大神の指が敏感な花芯を強く擦りあげた。マリアは短く声を上げるとそのまま大神の腕の中に沈みこんだ。
大神はロングパレオをはずして砂の上に敷くと、そこにマリアをそっと横たわらせた。まだ呆然としたままのマリアの片方の乳首に水着の上からカリッと歯を立てた。
「あッ。…そんな…ダメです……こ…んな……ああ……」
水着をたくし上げられ、もう片方も指で執拗に嬲られるとマリアはもう言葉をまともにつづることはできなくなっていた。ただ、自分の胸の上の大神の頭を掻き抱き、ひっきりなしに襲ってくる快美感とたたかうだけだった。
「ああ、マリア…素敵だ……」
そう呟きながら、空いている手をそっと脇腹から臍、そして水着に隠された秘所へとすべらせた。
「ああ…そこは……はぁ…だめ……もう……」
「すっかり濡れてるね。」
濡れそぼった自分の指を見せつけると、マリアは恥ずかしそうに横を向いた。
「だって…それは……たい…ちょ…が……」
「俺に感じてくれたってことだよね、これは。」
大神の意地悪な問いかけにマリアは小さく頷いた。
「俺ももう我慢できない…マリアの中に入りたい…いいかい?」
がまんできないのはマリアも同じだった。大神とひとつになりたい。しかし、こんな誰に見られるかもわからないところで大神を受けいけれると言うことにはまだ抵抗があって返事が出来ない。
「マリアは俺が欲しくないの?俺とひとつになりたくないの?」
大神の言葉が淋しげに聞こえて思わずマリアは首を横に振った。
「じゃあ、いいね。」
やさしく言われてはマリアは頷くしかなかった。大神はビキニの下を脱がせてしまうと、待ちかねたように熱いモノをマリアの中に埋めていった。
「あ…ああ……」
マリアのハスキーな声が高く掠れる。甘い響きを持つこの声が大神はとても好きだった。もっと声をあげさせたい、いつまでも聞いていたいこの声に大神は満足気に目を閉じた。
「マリア…愛してる…」
「…はぁ…い…いちろ…さ…ん…あ…わた…しも…ああッ…」
大神の動きに息を乱しながらマリアが答える。動きは次第に激しいモノに変わり、マリアの声がどんどん激しくなっていく。
「あ…もう……ああ……いちろうさん…わたし…ああ、抱いて…強く…」
「マリア、俺も…もう…ああ…マリアぁ」
二人は強く抱き合いながら深い悦楽の淵へと落ちていった。
二人はホテルの部屋に戻るとシャワーを使うのももどかしく再び抱き合った。バカンスは今夜だけ…。明日になればマリアは日本へ、大神は留学先の仏蘭西海軍へと戻る。二人は飽くことなく互いの隅々まで愛し合い、そして夜明けを迎えた。
二人ともベッドの上で素肌にシーツを巻いただけの姿で寄り添い、窓の外に広がる地中海を見ていた。
「夜が明けていきますね…」
「ああ…」
朝がくれば二人にはまた別れが待っている。不思議と悲しくはない。でもこの淋しいと思う気持ちはどうにもならなかった。二人はぴったりと寄り添い、指を絡め合ったままで次第に明るくなっていく空を見つめる。
「バカンスは終わりだね。」
淋しそうにいう大神にマリアは精一杯の笑顔で答えた。
「でも…素晴らしいバカンスでした。…たった1日でしたけど…本当に幸せでした。…これで日本に帰ったらまたがんばれる…そんな気がします。」
しかし微笑んでいたマリアの瞳から一筋涙がこぼれる。その涙を隠すようにマリアは大神に口づけた。
「マリア…」
「今だけは……今だけはこのまま…抱きしめていてください…」
「マリア…」
二人の唇が深く重ねられる。
生まれたばかりの朝日を浴びながら…二人は抱き合い熱い口づけを交わした。
End