夜明けの鳥



 あの夢のような二人きりの誕生日の数日後。大神はあわただしく、フランス留学へと旅立った。港で見送ったマリアの胸元にはロケットのかわりに大神からプレゼントされたプラチナのネックレスが付けられていた。しかし、それはブラウスの下に隠してあるので、マリアと大神ふたりだけの秘密である。そしてマリアのロケットは今は中の写真を変えられて大神の首にさげられている。もちろんこれも秘密……。

 出発の前の日、マリアは大神の部屋を訪れた。
「隊長。あの…手紙を書いたので…恥ずかしいので船の中で読んでください。」
頬を染めて、差し出されたのは裏書きにひっそりとマリアの署名があるだけの白い洋封筒だった。
「ありがとう。マリア。」
微笑む大神にマリアの胸に微かな痛みが走る。この場でアイリスのように身も世もなく泣けたら…しかし、そんなことが出来ないことは自分が一番よくわかっていた。
「あの…隊長。気を付けていってらしてくださいね。」
「ああ。花組のこと、よろしく頼むよ。マリア。」
そうなのだ。大神がいない間、私がしっかりしなくてはいけないのだから…。頭では理解していても淋しいという気持ちは抑えられない。
「はい。それではおやすみなさい。」
マリアは大神の目を見ないようにしながらそういうった。その目を見てしまったら泣いてしまいそうで。マリアはそのまま身を翻した。しかし、次の瞬間、マリアは大神の胸の中にいた。大神が腕を取りそのまま抱きしめたのだ。
「…隊長……」
もうだめだ…マリアは思った。大神の暖かい胸をマリアの涙が濡らした。
「マリア…今夜は一緒にいよう…」
大神の言葉にマリアは小さく頷いた。


 大神の部屋に入ると二人は抱き合い、長い口づけをかわした。抱き合いながらどちらからともなく互いの洋服を脱がしていく、いつしか生まれたままの姿になった二人はそのままベッドに倒れ込んだ。二人はお互いを刻みつけようとするかのように抱き合った。言葉はいらなかった。言葉を発してしまったら決心を鈍らせることがわかっている。ただ、今は二人でいたい。それだけだった。
「あッ…」
不意に乳首に歯を立てられてマリアが声を発した。
「だめです…そこは…ああ……」
マリアが制するのを無視して大神は優しくその豊かな乳房をもみ上げるようにしながらその頂を舐め、甘噛みした。その度にマリアの身体が大きく撓り、大神の頭を掻き抱く。
「はあぅッ…」
突然の強烈な刺激にマリアは思わず自分の手でその口をふさいだ。大神の指ががマリアの秘所に分け入ったのだ。声を抑えている分、身体はどんどん敏感になっていくのか大神から与えられる愛撫にマリアはびくんびくんと大きく身体を奮わせたる。上目遣いにそんなマリアの様子を見て、大神はわざと音を立てるように乳首を口に含んだり、秘所にはわせた指をうごめかせたりする。
「ああ、そんな…はぁ…だめです……たいちょう…もう…」
「マリア…隊長じゃないだろ…名前を呼んで…そうしないと…」
「はぅッ。」
秘所に隠された芽を爪ではじくようにされてマリアは嬌声を上げて大きく体を撓らせた。
「ああ……イ…イチロウ…さん……だめ、もう…私…だめです…」
「まだだよ、もっと君を味あわせてくれ…」
そういうとそのまま身体を下に移動して、直接マリアの秘所に口づけた。
「はぁ…ああッ………そんな…ああ……」
マリアは無意識に身体をずり上げようとするが、腰をしっかり大神に抱き込まれていて身動きできない。マリアは意味をなさない言葉を発しながら自らの髪を激しく掻き上げ、身悶えるしかなかった。
「…イチロウさん…もう……早く……こんなのは…イ…やぁ…」
もどかしいほどの快感に涙を潤ませ始めたマリアの告白にようやく満足したのか、大神は再びマリアを抱きしめ、そっと口づけた。流れた一筋の涙を舌で拭うと、そのまま耳たぶを甘く噛みながらささやいた。
「ごめんよ…泣かせちゃったね…でも、俺ももう…マリア…君が欲しい。いいかい?」
大神の言葉はまるで至上の音楽のようで、マリアはうっとりとした表情でそれを聞いていた。この声をこうやって聞けるのは次はいつのことだろう…。そう思うと再び涙があふれてくる。そんな気持ちを振り切るようにマリアはその言葉を口にした。
「……きてください…一郎さん…私を…あなたで充たして…ください。あなたを忘れないように…」
マリアは大神の背中をきつく抱きしめた。
「…マリア…俺も君と一つになりたい。」
そういうと大神はマリアの中に自身を挿入した。
「ああああぁ…………いちろうさん…」
充足感の中でマリアは大神を強く抱きしめた。
「いちろうさん…私…忘れないで…おねがい…私を覚えていて…」
譫言のように繰り返すマリアの髪を優しく撫でながら大神は身体を伸ばしてそっと口づけをする。
「忘れるはずないだろう…マリア…愛してる…愛してるよ、マリア。」
「はぁ…私も……愛してます……いち…ろ………アアッ…」
身体の最奥で大神を感じ、マリアは大きな快感の波に呑まれていった。




 旅立ちの朝の訪れを告げる鳥の声を二人は大神のベッドの中で聞いていた。次はいつ会えるかわからない、互いの立場を考えたらこれが永久の別れになるかもしれない…そんな気持ちが二人を離れがたくさせていた。しかし、無情にも時間は別れの時を告げる。
 先にベッドを出たのはマリアだった。立ち上がった時に大神が放った残滓があふれるのを感じたが、気がつかなかったふりをしてそのまま身支度を整える。少しでも自分の中に大神を感じていたかったから。
 大神はそんなマリアを黙って見つめていた。引き止めたい…このままその手をとってフランスまで連れていってしまいたい…。しかしそれはやってはいけないことなのだ…お互いのために…。
 身支度を終えたマリアは大神に背を向けたまま動けずにいた。二人の間に長い沈黙が流れる。マリアの肩が小さく震えているのに大神は思わず声をかけた。
「…マリア……」
その声にはっとしたマリアはくるりと振り返った。碧色の瞳が涙に曇っている。しかし、マリアはポケットから何かを取り出すとベッドにいる大神に駆け寄りその唇を奪った。
「…一郎さん……私…待っています。花組のみんなと…あなたの帰りを…だから…必ず帰ってきてください……いつまでも待っていますから……」
「マリア……」
大神がその肩を抱こうとした腕をマリアはするりと抜け出した。
「ずっと迷っていたんですが…これを…持っていっていただけますか?」
差し出したされたのはいつもマリアがつけていたロケットだった。
「あの…恥ずかしいんですが…私の写真を入れておきました…昨夜手紙とお渡ししようかと思っていたのですが…勇気がなくて…」
頬を染めて俯くマリアの手から大神はそっとロケットを受け取るとその首につけた。
「ありがとう…大切にするよ。」
微笑んだ大神をまぶしそうにマリアは見つめて頷いた。
「いってらっしゃい…一郎さん。」
「ああ、いってくるよ。マリア。」
二人は微笑み合うとそっと口づけをかわした。

End


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