三音(SAN-ON)


「温泉にいかないか?」

マリアが大神にそう誘われたのは夏公演が終わってまもなくのことだった。
「温泉…ですか?」
突然の申し出にマリアはとまどいを隠せない様子で聞き返す。
「ああ。山間の温泉地なんだけどね。士官学校の先輩の親戚がやってる旅館らしいんだけど…是非にって宿泊券をもらったんだよ。」
「そうなんですか…でも…その……」
言い淀むマリアの顔を大神はのぞき込むように見つめる。
「ん?」
「いえ…私なんかでいいのですか?」
頬を染めて俯くマリアの肩にそっと手をやって大神はいった。
「マリアと行きたいんだよ。いいよね。」
大神の言葉にマリアは小さく頷いた。


 その旅館は、帝都から蒸気鉄道で2時間。山間の温泉地の外れにあった。広い敷地内にはいくつかの離れが建ち並び、その一つ一つが1室になっていて、それぞれに露天風呂がついているという豪華なものだった。
「まぁ…きれい……」
部屋に案内されたマリアは縁側の向こうに広がる日本庭園を目にして呟いた。
「当館は客室はすべて離れになっておりまして、それぞれに色々と特徴があるんですよ。お客様は外国の方をおつれになるというので一番日本情緒の強いお部屋をご用意させていただきましたが、気に入っていただけましたかしら。」
部屋に案内してくれた若女将の言葉にマリアは微笑んだ。
「ええ。とても。日本に来てもうずいぶんになりますが、こんな風に日本文化にふれたのは初めてで…」
「それはようございました。それとこの部屋の向こうに小さい庵が見えますでしょ。あそこは茶室になっております。お茶のお道具も揃っておりますので、ご自由にお使いください。わからないことがありましたら、なんでもお申し付けくださいませ。」
「ありがとう。」
「では失礼いたします。お夕食は7時頃お持ちしますので、温泉にでも入ってごゆっくりされてくださいませ。」
若女将はそう言うと部屋を出ていった。
初めてみる日本庭園にはしゃいだマリアはいつの間にか庭園に出て散策をしていた。
「マリア、お茶が入ってるよ。」
呼ばれて慌てて座敷に上がるマリアはいつも見せない無邪気な顔で
大神は満足気に微笑んだ。
「気に入ったみたいだね。」
「ええ。日本に来てからゆっくり観光する暇なんてありませんでしたから…写真でしか見たことないんです。あとでお茶室にも行ってもかまいませんか?」
「ああ。もちろんだとも。とりあえず温泉で汗を流して…」
……かっこん………。
突然の音にマリアは驚いて庭を振り返る。
「あはは、鹿威しだね。そうかマリアは知らないのか、ほら、あの池のとこに竹のオブジェがあるだろ、あれが音を立てたんだよ。」
「…ししおどし……本で言葉は聞いたことがあります。あれがそうなんですか。」
マリアは小走りで縁側までいくと身を乗り出して池を覗きこんだ。大神は微笑みながらその傍らに立つと、そっと肩を抱いて静かに水をためている竹の筒を指さした。
「ほら、先が尖ってる筒に水が貯まるだろ…で、それがいっぱいになると…」
視線の先の竹の筒が少しずつ角度を変えていく。いったい何が起こるのかマリアはそれを固唾をのんで見つめていた。水を満々に湛えた竹筒が勢いよく傾き、その中の水を吐き出すと、一気に角度を戻しその底を岩へと勢いよく打ち付けた。
…かっこん……
「まぁ…」
「というわけで…音が出るんだよ。」
「すごいですねぇ…。」
感心して、鹿威しを見つめるマリアがあまりにかわいくて、大神はその腰を抱き寄せ、そのまま顔を自分の方に向けさせると唇を重ねた。
「た…隊長……」
「ごめん、せっかく二人っきりなのに、マリアが鹿威しばかり見てるからさ。」
「…隊長……」
マリアは頬を真っ赤に染めた。そして、鮮やかな微笑みを浮かべ、
「すみません。隊長。」
そう言うとそっと軽くキスをした。
「とりあえず温泉で汗を流してこないか?」
「そうですね…では隊長、お先にどうぞ。」
「え?」
「私はもう少しこの庭を見てますから。」
「ああ…そう…」
マリアに聞こえないようにため息をつくと、少し淋しそうに大神は部屋についている露天風呂へと向かった。
 一人部屋にのこったマリアは用意されていた下駄を履くと庭に降りていった。


 湯上がりに糊の利いた浴衣に袖を通し身も心もさっぱりとなってマリアは部屋に戻ってきた。
「隊長、いいお湯でしたね……」
話ながら部屋に入ってきたが、そこに大神の姿はなかった。
「隊長?」
呼びかけながら次の間への襖を開けてみたがそこにも姿はなかった。
「…隊長。どこです?隊長?」
何度も呼びながら、マリアは襖という襖を開け放った。やがて庭の方に行くと下駄が1足なくなっていることにようやく気づいた。あわてて、自分も下駄を履くとそのまま庭へと飛び出した。
「隊長!どこです?隊長!一郎さんッ!」
自分をおいてどこかに行ってしまうなんてことはないとわかってはいるが、姿が見えないことがマリアを不安にさせていた。
『ここだよ。マリア。』
ふいに大神の声が聞こえた。マリアはあたりを見回したが、それらしき人影は見あたらない。
「ここって、いったい……」
『ここだよ、茶室。』
そう言われてマリアは庭の奥の小さな茶室に向かって走り出していた。
 マリアは下駄をからんからんと鳴らしながら飛び石を茶室へと向かった。
「やあ、マリア。湯加減はどうだった?」
ひょいと小さな窓から顔を出した大神を見つけると、マリアは小さくため息をついた。
「隊長…ここにいらしたんですか。お部屋にいらっしゃらないのでずいぶん心配してしまいました。」
「ああ、ごめん、ごめん。君がずいぶん茶室に興味があったみたいなんで、女将さんにたのんでお茶の支度をしてもらったんだ、はいっておいで。」
「あ、はい。」
マリアは入口を探した。しかし、見つからない。四畳半ほどの小さな庵には大神が顔を出していた丸い窓と、人一人がやっと通れる程の小さな雨戸が閉められた妙な窓があるだけだ。
「まさか…ここから?」
マリアはおそるおそるその窓を開けてみた。中を覗くと、部屋の隅の丸身を帯びた鉄の釜の脇に浴衣姿の大神が座っていた。
「マリア、なにやってるんだい、早く入っておいでよ。」
「あ…はい…あの……」
「ん?」
「ここから……ですか?」
「あたりまえだよ。さぁ、おいで。狭いから頭打たないように気を付けてね。」
「あ、はい。」
促されてマリアは頭を下げて狭いその口に身体をすべりこませた。しかし、身長の高いマリアはなかなかうまくいかず、まるでほふく前進してようやく、中に入った。
「…茶室って…入るのが大変なんですね。」
マリアが乱れた襟元と裾を直しながら、そういうと大神は思わず吹き出した。
「あはは、そうか。マリアは茶室に入るのははじめてだったね…」
「隊長ッ!」
「ごめん、ごめん。それはね「躙り口」と言って、茶室特有の入口なんだよ。」
「にじりぐち…ですか?」
「ああ。にじって…つまり膝をすりつけたままで進まないと入れないようになってるんだよ。茶道っていうのは武家文化から発展したからね。刀を抜いたりできないように狭くなってるんだ。」
「なるほど……そうなのですか。よく考えられて作られてるんですね。」
マリアはふりかえって感心しながら、躙り口を閉めた。そしてゆっくりと室内を見渡してマリアは小さくため息をついた。
「しかし、茶室って狭いんですね。なんだか、私達2人しかいないのにもう満員って感じ。」
そういってマリアはクスッと声をたてて笑った。
「そうだね。ああ、さっき女将さんにお茶を点ててもらったんだ、飲んでみるかい?」
「はい。」
微笑んだマリアの前に大神は黒い茶碗を差し出した。中には細かい泡を浮かべた濃い碧色の抹茶が入っていた。
「ありがとうございます。…でも、これって何か飲むのに作法があるんですよね?」
「ああ、でもどうせここには俺達しかいないんだから気にしなくていいよ。」
マリアは少し戸惑っていたが…やがてこぼれるような笑顔を浮かべ茶碗を手に取った。
「そうですね。ではいただきます。」
ゆっくりと茶碗を傾けた。
「あら…」
「どう?はじめて飲んだ感想は。」
「こんなに濃い色をしているのに…とても美味しいです。なんというかさっぱりしていて…よく苦いと聞いていたのでどんなものかと思っていたのですが…。」
「それはよかった。」
すっかり気に入ったらしく、マリアは一気に飲み干し、静かに茶碗を置いた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです。」
「お粗末様でした。…っと俺もちょっと味見させてもらおうかな。」
そういうと大神は空になった茶碗を脇へと寄せた。
「え?」
何をしようとしているのかわからずにいると、大神はおもむろにマリアの腕をとり、一気に引き寄せて自分の腕の中に抱き留めてしまった。そしてペロリと、その舌でマリアの唇についた抹茶を舐め取った。
「た…隊長……」
そのまま二人は口づけを交わした。大神の舌が生き物のようにマリアの口腔を侵し始める。その激しさに絶えきれず、マリアは次第に大神に身体を預けていった。
「マリア……かわいい…」
「隊長…そんな…からかわないでください。」
突き放そうと動くマリアの腕をそっと大神はつかんだ。
「あんまり動かないで、その茶釜にはまだお湯が沸いたままになってるからね、火傷したら大変だ。」
「…そんな……」
大神の言葉にマリアの身体がこわばった。それに気づいて大神は満足そうな微笑みを浮かべた。
「そう、いい子にしてるんだよ。」
そっとその腕を自分の首に回させた。そうしておいてから、大神はゆっくりと胸元に手を入れると。湯上がりでしっとりとした乳房が吸い付いてくるようだ。
「ああ……だめです…隊長……こんなところで………」
そう言ったもののつんと尖った胸の頂を強く刺激されては、大神の首にすがりつくしかなかった。
「いつもみたいに下着をつけてないんだね。いやらしいな…マリアは。」
そんなことはない。とマリアは言いたかったが首を振るのが精一杯だった。浴衣に限らず和服だと普通に下着をつけると変な線が出てしまう。外出するならいざ知らず、温泉という安心感でマリアはあえて下着をつけていなかった。
「ということはこっちもかな…」
大神の手がそっと裾を割り、マリアの秘部に触れた。
「ああッ……」
敏感なところをふいに撫でられマリアの身体が大きく反り返る。
「おっと…ダメだよ、あんまりうごくとやけどするって言っただろ。」
そういいながらも、大神の手はいたずらを止めようとはしない。
「…でも…ああ……止めて…お願いです…いちろうさん…」
なんとかして大神の指を止めようと足を閉じてみたがかえってその動きを感じる結果になって、マリアは身体をビクリと震わせることとなった。やがて指がマリアの内部に入り込み、深く浅くゆっくり動き出すと、マリアは荒い息を吐くしかできなくなった。
「はぁ…ああ……いや……だめ………」
徐々に足からも力が入らなくなり自ら白い足を晒してしまう結果になった。すでに襟元は大きく割られ、その白い乳房が小刻みに震えていた。
「かわいいよ、マリア……。」
ささやいてそっとその耳元にキスをすると、蹂躙する指を2本に増やしその動きを早めた。
「アッ…だめ……そんな……ア…あああああッ…………」
一際大きな声をあげて身体をそらし、マリアはそのまま意識を失った。


「…リア…マリア……」
大神の腕の中でマリアは目を覚ました。ゆっくりとあたりを見回すとまだ茶室の中だとわかった。
「…隊長…わたし……」
「ごめんよ、いたずらがすぎちゃったね。あんまり君が可愛かったから。」
「あの…わたし……すみません…」
起きあがろうとするが、身体にうまく力が入らなくて、再び大神にもたれかかるような形になってしまった。
「無理だよ、気を失ってたんだから。」
大神の言葉にマリアは頬を赤らめ、顔を背けた。そうしてあらわになった耳にそっと大神は囁いた。
「そんなに気持ちよかった?気を失うほど…」
「それは……」
「うれしいよ、マリア」
チュッと軽い音を立てて耳にキスをされて、マリアは小さく肩を震わせた。
「かわいそうに、せっかく似合ってたのに…浴衣、すっかり乱れちゃったね。」
大神の手がマリアの大きくくつろがされた襟元を、乱れた裾をゆっくりと直すのに、マリアはただ小さく震えながら身を預けるしかなかった。
「汗、掻いちゃったね。もう一度、二人で温泉に入り直そうか。…大丈夫、俺がこのまま抱いて、連れて言ってあげるからね。」
マリアは、大神の首にすがりつき小さく頷いた。





…かっこん……
 小さな音でマリアは目を覚ました。薄明るくなった障子の向こうから聞こえてくるのは秋の虫の声。
 マリアはとなりで静かな寝息を立てる大神を起こさぬようにそっと布団を出た。白い肌に散りばめられた無数の花びらを思わせる痣が、先ほどまでの大神の熱さを思い出させ、マリアは頬が紅くなるのを感じた。脱ぎ散らかされたままになっている浴衣を簡単に着込むと、まだだるさの残る身体をひきずるようにして庭へと向かった。
…かっこん……
再び、鹿威しの音が虫の音を遮るように響くと、縁側にゆうるりと腰を下ろし、水を湛える鹿威しを見つめた。
明日の午後にはもう帝都に帰らなければならない。そこではまた慌ただしい日々が待っている。帝国華撃団の一員として…。
「静かね……なんだか別世界にいるみたい…」
マリアは呟くと明るくなっていく暁の庭をいつまでも眺めていた。

−了−

【三音(さん‐おん)】
  茶道で、釜の蓋を切る音、茶筅とおしの音、茶碗に茶杓をあてる音をいう。あるいは湯のたぎる音などをいう

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