秋公演が終わり、帝劇に静けさが訪れた。
クリスマス公演まではまだ時間があるし、今は降魔の動きも見られないと言うことで花組のメンバー達には遅い夏休みということで、いつもより長い休暇が与えられた。
そんな休暇をマリアは一人、帝劇で過ごしていた。特に帰る場所もないマリアは留守番も兼ねてこの休暇を大好きな読書をして過ごすことに決めたのだ。幸い書庫には新しい本が補充されたばかりで、読む本には不自由しなかった。困ることと言えばついつい読書に夢中になって食事をするのを忘れてしまって、アイリスに怒られるぐらいだ。
そして、今日もマリアは朝食が終わると一人部屋に引きこもり読書をしていた。今日はアイリスとレニは紅蘭に呼ばれて浅草に遊びに行ってしまったので、本当に一人きり。そんなこともあって、マリアは昼食をとるのも忘れて本に没頭していた。
トントン。
部屋のドアがノックされたのはもう陽が沈もうとしている時だった。
トントン。
控えめにもう一度ドアがノックされて、慌ててマリアはドアを開けた。
ドアの向こうに立っている人を見てマリアは驚いて声をあげた。
「隊長ッ。」
「ただいま、マリア。」
ニッコリと笑って大神が立っていた。
「お帰りの予定はまだだったのでは?」
大神はちょうど幼なじみの結婚式があるというので実家に帰っていたのだ。
「うん。そうなんだけどね。ちょっと思い立って予定切り上げて帰ってきたんだ。ところで残ってるのはマリアだけ?」
「ええ。アイリスとレニは紅蘭が花やしきに連れていったんです。今日は向こうに泊まる予定で。」
「そうか…ちょうどいいときに帰ってきたかな…」
「え?」
「今日が何の日か知ってる?」
「今日…ですか?……お彼岸…ですよね?」
「そうじゃなくて、今日は中秋の名月。十五夜だよ。」
「十五夜ですか。全然気が付きませんでした。」
「ってことでね、せっかくだからマリアとお月見したいなって。」
そう言うと大神は目の前に一升瓶を差し出した。
その姿に思わずマリアは吹き出してしまう。
「隊長ったら…アイリス達がいたらどうするおつもりだったんですか?あの二人はまだお酒は飲めませんよ。」
「その時は夜中に二人でこっそりと飲むつもりだった。」
「まあ。」
二人は声をあげて笑った。
二人は帝劇内を回って一番ゆっくりとお月見の出来る場所を探した。
「やっぱりここかな。」
最終的にたどりついたのは屋根裏だった。
「そうですね。ここからは月も綺麗ですし…」
「何より、誰にも邪魔されない。」
そういうマリアをそっと引き寄せ、耳元に口づけるようにして囁いて続ける。
「…隊長……」
マリアは頬染めて俯くが、ふたりっきりということもあり、そっとその身体を預け、それに答えた。
「うーん…せっかく二人でお月見っていうのに…茶碗酒ってのは色気がないかな…」
大神は地元から持ってきた大吟醸をなみなみとつがれた湯飲みを見ながらそう呟くのに、マリアは思わず笑みを漏らした。
「…いいじゃないですか。これはこれで粋な感じがしますよ。」
そう言って、やはり酒のつがれた湯のみを手にした。
「まあ、そうだな。酒の味が変わる訳じゃないし。とりあえず、乾杯しようか。」
「はい。…でも、何に乾杯するのですか?」
「そうだなぁ…二人でお月見しながら大吟醸を飲めることに。」
「まあ。隊長ったら。」
そう言いながらもマリアは座り直すと、そっと湯飲みを掲げた。
「では、十五夜の月に。」
「乾杯。」
カチャン。と湯飲みを合わせた。
「まあ…美味しい…」
一口飲んでマリアは感激したように言う。
「そりゃあ、奮発して買ってきた大吟醸だからね。あ、支配人には内緒だよ。」
「え?」
「米田支配人のとこにおいてきたのは、吟醸なんだ。ばれたらあとで恨まれる。」
「そうですね。じゃあ、これは私達だけの秘密ですね。」
「そういうこと。」
二人は顔を近づけて声を潜めてまた笑った。大神はそのままマリアの唇を盗めように口づける。
「会いたかったよ、マリア。」
「私もです。…隊長。」
大神はマリアを抱き寄せると一層深く口づける。
「…隊長……待って………」
「いやだ、待てない。今日はふたりっきりだ。気にする事なんてないさ…」
そういうと大神の大きな手のひらは服越しにマリアの豊かな胸を優しく愛撫した。
「だめです……そんな……」
湯飲みを置いたマリアの手がいたずらな手を制しようとするが次第にその力を失い、結局そのまま大神の胸の中に抱かれ、酔いも手伝ってうっとりとその瞳を閉じた。
縦横無尽に動き回る大神の手に翻弄されながら、マリアは荒い息をつく。言葉はすでに意味をなさない。ただ、ふれあっている指が、胸が、唇がすべてを物語っている。二人はただお互いを求めあった。やがて、二人は固く抱き合ったまま1つになった。欠けていたピースが合わさったようにそこから充足感が二人を充たしていく。そっと開いたマリアの瞳に蒼い月が飛び込んできた。
「ああ……隊長…だめ……月が……」
「月?」
「月が…見てる…」
「見せつけてやればいい。」
大神はそう言うと一層、深くマリアの中に自身を埋める。
突然の甘美な衝撃にマリアは瞳を閉じて大きく背中を撓らせた。
「ああ…隊長……隊長……」
大神に与えられる嵐のような快楽に翻弄されながらマリアはゆっくりと意識を手放した。
ひとしきり互いを求めあった二人は寄り添ったままで月を眺めながら、酒を飲んだ。肴はこの休暇中にお互いが体験した話で十分だった。
あと数日もすれば再び帝劇に懐かしい顔が揃うだろう。
つかの間の静けさを楽しむように二人はそのまま眠りについた。
そんな二人を月だけが見ていた。
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