「おやすみ…パトリック」
 霊力を込めた弾に額を打ち抜かれて怪人パトリックは動かなくなった。
 それを確認するとマリアはがくりと膝をつく。
「終わった……」
花組のみんなの戦いも無事に終わったようだ。今頃、月組が米田司令と花小路伯爵を救出してくれていることだろう。
(私も帰ろう……帝劇へ……)
マリアはゆっくりと立ち上がった。


「マリアさん!ご無事だったんですね!」
帝劇に戻ったマリアは花組の面々に笑顔で迎えられた。
「マリアーっ。」
抱きついてきたアイリスを受け止めると、服の下に隠されたキズが痛む。しかし、ここで辛い顔は見せられないとマリアは必死に笑顔で答えた。いつの間にか他のみんなもマリアのまわりに集まってきていた。
「マリア…怪我してるの?」
首の包帯に気が付いたレニが言う。
「ええ。でももう、大丈夫。加山隊長のおかげ。」
「ええ?!マリアはん、加山はんとこに居たん? うちらが心配してた時には、そんなことなぁんも言ってはらんかったのに。」
「紅蘭、あの特製の銃弾。あれのおかげで助かったわ。ありがとう。」
「ああ、あれ。やっぱり加山はんに渡しておいて正解やったなあ、そうかあ。ちゃんとマリアはんの手に渡ってたんや、よかったわぁ。」
紅蘭はうれしそうに笑った。
「あ、マリアさん。」
振り向くと、食堂から加山がやってきた。
「加山さん。ただいま戻りました。全部終わりました。」
「それはよかった。」
「本当にお世話になりました。」
頭を下げるマリアに加山は照れくさそうに髪をかき上げた。
「いやあ、マリアさん。俺は月組隊長としてあたりまえのことをしただけですよ。それより……」
「マリア!」
加山の後ろから駆け込んできた男がいた。
「隊長…?」
玄関の騒ぎを聞きつけて走ってきたのだろうか。そのままの勢いでマリアの前にやってきた。
「大丈夫か。マリア。怪我は?」
「はい。大丈夫です…マリア・タチバナ、只今帝国華撃団に帰還しました。」
敬礼をして大神に告げる。
「ああ。おかえり、マリア。…無事でなによりだった。」
「はい。勝手に隊を離れて申し訳ありませんでした。」
「うん、加山からおおよその話は聞いている。そちらは無事済んだようだね。」
「はい。」
「そうか…それに、俺の留守中、花組の隊長をよく務めてくれたね。ありがとう。」
「いえ…私は……隊長がお戻りになるのをお待ちしてました。改めて、言わせてください。…おかえりなさい、隊長。」
「ああ。ただいま。」
マリアの言葉に大神が微笑んで答えた。
(よかった……)
そう思った時、マリアは自分の意識が薄らいでいくのを感じた。
「マリアっ!」
マリアは大神の胸の中へ倒れこみ意識を失った。

 

 医務室に運ばれたマリアの姿をみてそこにいた全員が目を見張った。漆黒のコートに隠されたその身体は包帯を幾重にも巻かれた状態だった。無理に動いたからだろう、そこここに血がにじんでいた。
「まったく、無理しやがるぜ。」
カンナは少しあきれたように言う。
「結構、無鉄砲なんですのね…まあ、マリアさんらしいですけど。」
言葉とはうらはらにすみれはなんどもマリアの髪をそっと手で梳いていた。
その脇で検査結果を見ているかえでにさくらは尋ねる。
「かえでさん。マリアさんは大丈夫ですよね?」
「ええ。加山くんが的確な応急処置をしてくれてたから、命に別状はないと思うわ、傷の方は無理して動いたときに開いたみたいね。」
「降魔の毒を浴びたみたいだって、加山さんがおっしゃってましたけど。」
まだ安心できないさくらが聞く。
「そうね…これぐらいの量なら半日も医療ポッドにはいって、しばらく安静にしていれば十分中和されるでしょう。」
「でも、マリアさん突然倒れて…」
「それは…中尉の顔見て緊張の糸が切れたのではなくって?」
すみれの答えにかえでが頷いた。
「そんなところでしょうね。とりあえず、今すぐ命に関わるようなデータはないわ。」
「それはなりよりでしたわね。でも、安静っていうのはどうでしょう。」
「そうだよなぁ。マリアが安静にしてるってのが一番難しいんじゃないか?」
「ええ。公演も控えてますし、お稽古が始まったら、まずじっとなんてしてらっしゃらないでしょうね。」
こういう時、すみれとカンナの息はぴったりだ。
「じゃあ、どうでしょう。降魔の毒が抜けるまでは絶対安静。っていうのは。」
さくらがポンと手を叩く。
「ああ、いいかもしれねえな。」
4人はうなずきあった。ふと、さくらが何かを思いつく。
「あ…でも…」
「さくらさん、まだなにかありますの?」
「大神さんが言ったぐらいで、ホントにマリアさん安静してくれるでしょうか。」
「そうね…誰か看護を兼ねた監視役が必要かもね。」
かえでが言うと、カンナが手を挙げる。
「はいはい。じゃあ、あたいがやるよ。マリアとは一番つきあい古いしさ。」
「なにを言ってらっしゃるの、カンナさん。あなたのようながさつな方が監視役だなんて、ちゃんちゃらおかしいですわ。」
「なんだとぉ〜。じゃあ、おめぇはどうなんだよ。」
「じゃあ、私が、私がやります。」
いつものように言い合いを始めそうになるカンナとすみれの間にさくらが割ってはいる。
「心配なのはわかるけど、あなた達には稽古があるでしょ。」
かえでに言われては納得するしかない。
「そうだわ。大神くんに頼みましょう。ちょうど書類が山のように溜まってるから監視役なら適任だわ。」
「そうだな。隊長ならマリアもおとなしく言うこときくだろうしな。」
「大神さんはやさしいですし。」
「そうですわね…中尉でしたら、カンナさんよりずっっっっっとマシでしょうし。」
「なんだとぉ、やるか?」
「これだからがさつな方はいやですわ。」
「カンナ、すみれ。病人がいるのよ、ケンカなら他でおやりなさい。」
かえでに一喝されて二人はおとなしくなった。
「とにかく、大神くんには私から話しておきます。……そうだわ、いい考えがあるわ。」
「いい考え?」
首をかしげるさくらにかえではフフッと笑ってみせた。
こうしてマリアの療養生活が始まったのであった。

 

 マリアが目を覚ましたのは医療ポッドから出て1昼夜経った後だった。
「ん…」
ゆっくり顔を動かして辺りを見る。慣れ親しんだ自分の部屋だとわかって、マリアは少し安堵の溜息をついた。窓から入ってくる光の様子からするともうすぐ夕暮れだろう。
「気が付いたかい?」
マリアが起きた気配に枕元にやってきた大神が微笑んでいた。
「隊長……?」
「どうだい、気分は?」
「私、いったい……」
状況が飲み込めず、マリアはただきょろきょろとするばかりだ。
「無理しすぎたんだろう。帝劇に帰ってきたとたん倒れたんだよ。大丈夫、傷も順調に治ってるから。ただ…」
「ただ?」
「俺がいいっていうまでは絶対安静だ。」
「でも、舞台の稽古が…」
「マリア。今、君に必要なのは休息。」
「でも……」
「しかたないな…じゃあ、これを見るんだ。マリア。」
大神はシャツの胸ポケットから一枚の紙を取り出して、マリアの前に差し出した。
「……これは?」
「君への指示書だ。副司令のかえでさんの名前で出ている。マリア、君は花組の隊長でありながら勝手に隊を離れ単独行動をした。なんらかの処分が与えられて当然のことだ。しかし、米田司令はまだ今回の件の後始末でお忙しいので、それまで自室にて謹慎と書いてある。」
「謹慎…ですか……」
「ああ。とにかく、これもいい機会だ。ゆっくり休んで、まず元気になること。わかるね。」
大神にここまで言われてはマリアに反論などできるはずもなく、ただ小さく頷いた。
「よしっ。じゃあ、もうちょっと休んでおいで。あとで夕食をもってきてあげるから。」
「隊長にそんなことしていただいては…食堂までなら自分で…」
「マリアっ」
名前を呼ばれてマリアはびくっと動きを止める。
「今言ったばかりだろう? 君は今絶対安静。俺がいいというまではね。」
「申し訳ありません。」
「あ、それと。みんなは新春公演の準備で忙しいから、君のことは俺が看ることになったからね。なんでも言ってくれよ。」
「はい。」
今度ははっきりと答えたマリアに満足したように大神は何度も頷いて、
「マリアが気が付いたって知らせてくるよ。みんな心配していたから」
そう言い残して部屋を出て行った。
 一人になるとマリアはベッドに横たわったまま身体を動かしてみた。おそらく医療ポッドに入ったのだろう、まだ薬が効いているようで身体全体がだるくて、うまく動かすことができない。でもおかげで傷の痛みはかなりひいていた。
「しかたないわね……しばらくは隊長の言うとおりにしているしかないわね…」
マリアはそう言うと改めて自分の部屋を見回した。
(やっぱり、帝劇がいちばん落ち着くわ……)
 考えてみると慌ただしく帝劇を追われて、そのあと潜入した先でパトリックから逃れて加山のもとに身を寄せてからずいぶん長い時がたったようなきがする。
 花組みんなでヤフキエルを、マリアはパトリックを倒し戻ってくることができたといううれしさをようやく噛みしめることができたようだ。そして、なにより今は大神がいる。
「あ……」
布団をぱさっと動かすと、懐かしい匂いがして、マリアは思わず顔をほころばせた。
(隊長の匂い………)
優しい匂いにつつまれ、マリアはいつしか眠りに落ちていった。

 

 どれくらいたったのだろか、次にマリアが目を覚ますと暗い部屋で誰かが机に向かっているのが目に入った。そう、とても懐かしい背中。辛い戦いの中で勇気をくれた大きな背中。
「隊長?」
マリアが声をかけるとその影が振り向いた。
「あ、起こしちゃったかい?」
「いえ…何をしてらっしゃるんですか?」
「ああ、報告書をちょっとね…巴里の時のとか、今回の件とかなんかこっちに帰ってくると雑事が多くて困っちゃうよ。」
大神が笑う。つられるようにマリアも微笑む。
「ああ。おなか空いただろ? 今度はちゃんと待っててくれよ。かすみくんがスープを作っておいてくれたんだ。すぐあたためてくるから。」
「え……いえ。…はい。」
隊長の手を煩わせるのは…と言いかけた言葉を飲み込む。
大神はうれしそうにそそくさと部屋を出て行った。
 それと入れ替わるように、コンコン。と小さくノックのあとそっとドアが開けられた。
「マリア、ちょっといい?」
レニがそっと顔をだした。
「レニ。ええ、どうぞ。」
マリアに促されて、レニが入ってきた。
「傷の具合どう?」
「ええ、おかげさまで。ずいぶんよくなったみたい。」
「よかった。」
安堵したのかようやくレニが微笑んだ。
「みんな心配してる。だけど、マリアの分まで稽古がんばろうってみんなで決めた。」
「そう。私も傷が治ったら負けないように稽古がんばらなくちゃね。」
「うん。でも、今のマリアの任務は安静にしていることだ。」
「そうね。肝に銘じておくわ。」
「今回のマリアの行動は、間違っている。あのような状況での単独行動はリスクが多すぎる。」
「そうかもしれない。でも、あのときはそれしかなかった。」
「結果的には敵の手を逃れて加山隊長のところへ到着できたからよかったけれど、もしあのとき命を落とすようなことになっていたら、花組の戦力の低下は決定的になっていたはずだ。」
冷静に分析を続けるレニの言葉にマリアは頷くしかなかった。
「それに、マリアは花組の隊長だ。今回の行動は、隊長として不適格だと言える。」
「ええ、そうね。私は隊長失格ね…」
呟くようにマリアが言うと、レニは頷き、そのままうつむいた。
「レニ?」
「なんで…」
はじめは独り言のように、しかし次第にはっきりと話始める。
「なんで一人で行ったの?僕らは仲間じゃなかったの?」
「レニ…」
「みんな心配してた。隊長もいない。マリアもいない…それに帝劇もなかった。どうしたらいいかわからなかった……。」
「……」
反論する言葉などあるはずがない。マリアは黙ってレニの言葉を受け止めていた。
「やっと帰ってきたらマリアは傷だらけだった。…一人でこんなに傷を負って…そんなのおかしい。」
「レニ…」
「僕たちは仲間。花組の仲間。マリアが一人で背負うことはない……マリアは…マリアはもっとマリア自身を大事にするべきだ。違う?」
レニの瞳から一筋涙が落ちた。マリアはゆっくりと腕を伸ばしてその涙をぬぐってやった。
「確かにそうね…隊長がいなくて、私も余裕がなかったのかもしれないわね…今度から気をつけるわ。こんなに心配してくれる仲間がいるんだものね。」
マリアの言葉を聞いてレニは輝く笑顔を浮かべ頷いた。
「ありがとう、レニ。」
レニはマリアの手を取り自分の頬に押し当てて大きく頷いた。

カチャ。
湯気のたったスープの皿を持った大神が入ってきた。
「あ?レニ、マリアを見舞ってくれたのかい?」
「ええ。レニに怒られてしまいました。」
「そんな…」
レニは恥ずかしそうに頬を染める。
「ホントだよな、隊長が隊員に心配かけちゃいけないよな。」
「あら。隊長に言われたくはなくないですね。いつも一番先頭で無茶をするのはあなたですよ。」
「そうだね。」
「え?そうか?」
二人の顔を代わる代わるみて大神はバツが悪そうに笑った。

 

 数日後。
 マリアは相変わらず絶対安静を言い渡されていた。傷もかなり癒えてきたのでせめて稽古だけでも出たいと言ったが、どうしても大神が許してくれないのだ。
 それだけではない。大神が留守の時に一度、稽古の様子を見に行ってしまってから、ほとんどの時間大神はマリアの部屋で過ごすようになっていた。
 ちょうど溜まった報告書をかたずけなければならなかった大神にとって、好都合といえば言えないこともない。
 最初の頃は大神と一緒にいられるということが、ただうれしかったマリアだったが、さすがにこうなるとそろそろガマンの限界に来ている。
「隊長…ちょっとよろしいですか?」
「なんだいマリア。」
大神は振り返らずペンを走らせたまま答える。
「あの…稽古がダメというのはわかりました。…でもこのままでは体力が落ちてしまいます。少しでいいから身体を動かしたいのですが。」
マリアがいうと大神はくるりとイスごと振り返った。
「マリアがいいたいことはわかるけどね。マリアは降魔の毒を浴びたんだからね。それが抜けきるまでは絶対安静。かえでさんからもそう言われてるんだ。」
「私の身体のことは私が一番よくわっています。もう、本当に大丈夫ですから。」
「……微熱。まだあるだろ。」
「それは………河に落ちた時に風邪をひいたからです。」
「うそを言ってもダメだぞ、ちゃんと医療ポッドでのデータが出てるんだから。とにかく微熱が下がるまではだめだ。」
大神はマリアの目の前にデータを記した紙を見せる。
「そんな、隊長!あっ……」
マリアが身を起こした…と次の瞬間、ずっと続いている微熱のためかバランスを崩してベッドから転がり落ちた。
「マリアッ!」
素早く動いて、大神はマリアを受け止めた。
「だから言ったろ、まだ無理だよ。」
大神は少し困ったように言う顔が近い。
「すいません…隊長……」
大神のまっすぐな澄んだ瞳から視線をそらすことが出来ない。
「マリア、俺は心配なんだよ。君を失いたくないんだ。」
「隊長……」
抱く腕に力がこめられ、マリアは自然と大神の胸に顔を埋めるような形になった。大神の鼓動が早い。そんなにびっくりしたのだろうか。マリアは心地よいリズムを聞きながら目を閉じた。
「すみません、隊長。……ただ、ひとつだけわがままを言わせてください。」
「なんだい?」
「もう少し……もう少しだけこのままでいさせてください。隊長…貴方を感じさせて…」
「ああ、いいよ。」
大神は優しくマリアを抱きしめた。
マリアはうっとりと目を閉じた。

 

Fin?

 

あとがき

 

今更、『活動写真』ネタです(^^ゞ
資料として久しぶりに見たんですが…なんか妙にはまりまして
突然、こんな話を書いちゃいました。
ようは、いつものように大神とマリアがいちゃついてる話なんですけどねえ(笑)

あ、これには続きがあるらしいです。(すみません、まだUPしてないです(^^ゞ)
どこにあるかは……まあ、探してください。(笑)

 

図書室にもどる