小春日和のある日、マリアはレニを浅草に連れ出した。まるで毎日が縁日か祭りのようににぎわう門前町の菅にレニは少しとまどいながらも興味深げに露店や、仲見世を見て回った。
「…きれいだ……」
レニがまず興味をもったのは細かい模様の散りばめられた千代紙だった。
「まあ、本当に、きれいな千代紙ね。」
レニはさらに近くにあった折り鶴や姉様人形いったものにも興味を示した。
「これは…なに?」
「これは折り鶴。この千代紙を折って、この形を作るの。それにこれは姉様人形。これは着物の部分をいろいろな千代紙に代えてあげられるのよ。」
「へえ…そうなんだ…」
折り鶴には興味があるようで、レニは手にとって不思議そうに眺めている。
「レニ、この千代紙を買っていきましょうよ。あとで、この折り鶴の作り方を教えてあげるわ。」
「本当?マリア、これ作れるの?」
「ええ。難しいのはわからないけど、折り鶴なら覚えてるわ…たぶんね。」
そう…小さい頃によく母が作ってくれたから…。あそこにはこんなにきれいな千代紙などなかったけれど。
マリアはそっとあの雪と氷に閉ざされた地のことを想った。
マリアたち親子が入れられた収容所は女子供が過ごすには苛烈を極める環境にあった。一年のほとんどは雪に覆われ、厳しい強制労働を強いられた。しかし、不思議と家族はそれを辛いとは感じなかった。それよりも家族3人で暮らせることが幸せだった。
幼いマリアもそれは同じことで、労働を終えた後、家族3人で過ごせる時間がとてもうれしかった。
ある夜のことだった。粗末な夕食を終え、就寝までの時間をマリアが持て余していた時だった。
「マリア、退屈そうね。そうだわ、いいものをつくってあげる。」
母親の須磨は異国の地でのこの境遇を悲観せず、父とマリアに愛を注ぎつづけてくれる明るい人だった。
食料が配給された時に包装されていた紙を丁寧にのばすと、器用に何枚かに切り分けた。そして、それを折り曲げ、広げ、たたむ。それを何度か繰り返すと、できあがったものをマリアにそっと手渡した。
「…わぁ……かあさま、これはなに?」
「これはね折り鶴。かあさまの生まれた国ではこうやって紙を折って、いろいろな物を作って遊んだりするのよ。」
「…きれい…」
不思議そうに折り鶴を見つめるマリアに須磨はうれしそうに目を細めた。
「マリアにも出来るわよ。かあさまが教えてあげるから。さあ、一緒にやってみましょう。」
「うん。」
手渡された紙をマリアはまるで宝物のように丁寧にのばした。ゆっくりと教えてくれる母の手元をまねるが最初はどうにもうまくいかない。失敗しては紙を開き、またのばす。それをくりかえすうちに、やっと折あげるおりあげることができた。それはかなりクタクタになった折り鶴だったが、マリアには宝物になった。
それからも、時々須磨はマリアに折り紙を教えた。折り紙の風船やだまし船で父と遊んだりもした。
折り紙はマリアにとって幸せな家族の想い出であった。
しかし、幸せは長くは続かなかった。過酷な労働に耐えきれず、父が倒れたのだ。その日から須磨には労働に加え父の看病という仕事が増えた。小さなマリアから見ても父の様態が思わしくないのはわかっていた。何か手伝いたいと思ったが、小さな子供にはそれは無理なことだった。
「かあさま、マリアもとうさまのためになにかしてあげたい。」
ある日マリアは須磨にそう訴えた。そんなマリアの頭をそっと撫でて、須磨は優しく言った。
「ありがとう、マリア。それじゃあ、折り鶴を折ってちょうだい。」
「折り鶴を?」
「そうよ。千羽鶴っていってね。早くお病気が治りますように…ってお祈りしながら折るの。かあさまの国に伝わるおまじないね。」
「わかった。マリア、とうさまのお病気が早く治るように鶴を折る。」
その日からマリアはどんな小さな紙切れも大事に持って帰り、寸暇を惜しんで鶴を折った。父の回復を祈って。
しかし……その祈りは届かなかった。マリアの折り鶴が100羽に達したその夜、父は静かに息を引き取った。
マリアは父のために折った不揃いな100羽の折り鶴を父の遺体と一緒に埋めた。
それ以来、折り鶴を折ることもやめてしまった。
「どうしたの?マリア?」
レニに呼ばれて、マリアははっと我に返った。
ここは帝劇のサロン。レニが不思議そうにマリアを見つめていた。
「ごめんなさい…ちょっと想い出したことがあって…」
「涙…辛い想い出なんだね…」
マリアの頬に一筋の涙がこぼれていた。レニはポケットからハンカチを取り出すとマリアに手渡した。
「ごめん…辛いことを想い出させちゃったみたいだね…」
「違うのよ、レニ。…確かに辛いけれど…でも違うの。」
「違う?」
「そう。ずっと忘れてた…いえ忘れようとしていた、大切な想い出を…この折り鶴が想い出させてくれたの…」
「そう…そうなんだ…」
「ええ。さぁ、続きよ。もうちょっとだから、がんばってねレニ。」
「うん。」
マリアはあの夜の須磨のようにレニに肩を寄せ、折り鶴を折りあげた。レニの鶴はまだ不格好だけれど…。レニにも折り鶴の意味を教えてあげよう。紙を折り、想いを折る、折り鶴の意味を。かあさまが教えてくれたように…。
「ねえレニ…………」
マリアはゆっくりと語りはじめた。
Ende