
〜後編〜
マリアは熱いシャワーを浴びてバスローブを付けて鏡の前に立った。これから大神と過ごす…そう考えるだけで心臓が早鐘のようになり、頬が紅潮する。そんな鏡の中の自分にマリアは苦笑した。そして、いつものようにロケットをつけようとして、マリアは手を止めた。
新しい自分になって生きていくためにと紐育で買い求めたロケット。これから大神を受け入れる自分にはもう無意味なものではないだろうか…。マリアはしばらく手のひらのロケットを見つめていたが、そっと手の中に握りしめ、バスルームをでた。
大神は同じくバスローブ姿で窓辺のソファーで夜景を見ていた。気配に気づくと、振り返り微笑む。この笑顔で何度私はすくわれただろう。マリアは思っていた。その笑顔に引き寄せられるようにマリアは大神に向かって歩いていた。
「マリア…」
そっと抱き合うとバスローブ越しに互いの熱が感じられる。大神はマリアのバスローブを脱がしかけてふいに手をとめた。
「マリア…ロケットは……?」
「あれは…ここに…」
マリアは手のひらのロケットを見せると静かにテーブルに置いた。
「もう…これはいりません…。隊長に愛しているといっていただけて…それだけでもう私は生きていけます。」
「マリア……」
その言葉を聞くと大神はそっと身体を離した。
「マリア、ちょっと目を瞑っていてくれるかい?」
「え…はい。」
不思議そうな顔をしながらもマリアが目を瞑ったのを確認すると大神はバスローブのポケットから銀色の鎖を取り出し、そっとマリアの首にかけた。その感触にマリアが思わず目を開ける。
「隊長、これは…」
「俺からのバースディプレゼント。指輪というのも考えたんだけど…花組の他のみんなにわかると思うときっと君がしてくれないんじゃないかと思ってね。これをロケットのかわりにつけてくれたらと思ったんだけど…」
「隊長……ありがとうございます。大切にします。」
マリアの碧の瞳がキラキラと輝き、頬に一筋の涙がこぼれた。
大神はマリアのバスローブをゆっくりと脱がせてしまうと、自分も脱ぎ捨てた。一糸まとわぬ姿になったマリアを大神はゆっくりとダブルベッドの上に横たえた。サイドランプが映しだすマリアの裸体はこの世のものとは思えないほど美しく、大神は思わず感嘆のため息をついて見つめた。その視線に気づいたマリアは頬を赤らめて顔を背けた。雪のように白い肌も今は僅かにピンク色に染められている。
「隊長…そんなに見ないでください…恥ずかしい……」
「恥ずかしいことなんかないさ…きれいだ…とっても…」
「では、せめてランプを消して…」
「だめだ、君の顔が見えなくなる。」
そう言うと大神はマリアの上にゆっくりと覆い被さって口づけた。
「愛してるよ、マリア……」
「隊長……私も………」
ついばむような口づけをしていた大神がふいに顔をあげる。
「マリア…ベッドの中でも俺は隊長かい?」
「…あ……でも…なんと呼べばいいのか……」
「一郎…って呼んでくれないかな。」
「一郎…さん…」
「さんはいらない、一郎って呼んで。」
大神は耳元でささやく。うっとりと瞳を閉じて、マリアは謳うように言った。
「い…ちろう……」
「そう、それでいい。」
ご褒美だとでもいうように音を立てて耳にキスをすると、マリアの身体がピクンと大きく撓った。
ゆっくりと大神はマリアの顔を上に向かせると改めてキスをした。
「愛してる、マリア…君のすべてを。」
「隊…一郎さん…私も…あなたのすべてを…」
二人は深い口づけを交わした。誓いの口づけを。
大神のキスを、指をマリアは今まで体験したことのない喜びのなかで受け入れていた。うなじ。鎖骨。胸…大神の指が身体を伝うだけで鋭い快感がマリアの中を走り抜け、身体を撓らせ、声を上げさせる。そして、その指の行方を追いかけるように熱いキスがマリアをいっそう高ぶらせる。その度にマリアは幸せという言葉の意味を感じていた。マリアが身体を大きく奮わせるたび首の細い鎖がシャラリと軽い音を立てた。
ひとしきり、マリアに声をあげさせると大神は再び耳元でささやいた。
「マリア…いいね。」
マリアは小さく頷いた。実際、マリアには恐怖があった。以前、抱かれた時には激しい痛みしか感じなかったからだ。しかし、今、マリアを抱いているのは最愛の人…大神一郎なのだ。この人にすべてを捧げる…。それが今のマリアの真実だった。
それでも、実際に大神の猛りが秘所に当てられると、恐怖のため腰がひけてしまう。そんなマリアをなだめるようにそっと抱きしめながら大神がマリアの中に入って来た。マリアを傷つけることのないようにゆっくりと。
不思議と痛みはなかった。しかし、その異物感にマリアの肌が粟立つ。
「あ…隊長……ッ」
「マリア、一郎だろう、い・ち・ろ・う。」
「はぁ…い…ちろう…さん……」
初めての感覚に翻弄されながらマリアは必死で大神にしがみついた。
「マリア…」
すべて納めてしまうと大神は動きを止めて、改めてマリアを見つめた。汗で額に張り付いたほつれ毛を指でそっと取ってやると、
「私の内に一郎さんが……私たちひとつに……。」
そう言うマリアの碧の瞳から涙が一筋落ちた。それをそっとキスですくってやると、マリアは浅い息を吐きながら微かに笑みを浮かべた。
「ああ、そうさ。ほら俺の鼓動を感じるかい?」
大神が少し腰を動かしてみせた。ふいに身体の奥を突かれてマリアは尖った声を上げて身体をそらせた。シャラっとまた鎖が音を立てる。
「ああッ…はぁ…感じる……感じます…」
「どんな風に?言ってみて。」
「そんな……はぅッ。…隊長の鼓動…強くて……速くて……熱い……」
じらすように動く大神に翻弄されながらもマリアは必死に言葉を紡ぐ。
「マリア…隊長じゃないって何度言ったろ?」
「は…す…みません………いち…ろ…う……さ…ん。」
健気にも言い直すのが可愛くて、大神はじらすように腰をうごめかせた。ゆるやかなその動きは快感だけを与えるため、マリアはもどかしいような快感に身もだえるしかなかった。次第に二人の鼓動がマリアの中で溶け合ってくると、大神の額にもうっすらと汗が滲み始める。
「もう大丈夫だね…動くよ。」
そう問いかける大神の声は興奮に少しうわずっているようだ。マリアが小さく、しかしはっきりと頷くと、大神はマリアを抱くてに力をこめた。答える様にマリアも大神の背中に腕を回し、抱きしめた。
それを合図にしたように大神が腰を使い始めると、それまでとは比べモノにならないほどの快感がマリアに襲いかかった。声を抑えることなどできるはずもない。ただ、大神の動きに合わせてゆらゆらと身体を奮わせている。マリアが快感のみを追いかけ始めるのにさほど時間はかからなかった。
「アアッ…熱い……」
マリアの身体が大きくのけぞった。大神はそんなマリアの身体をしっかりと抱きしめながら、腰の動きを速めていく。
「マリア…マリア……」
「あ……た…い……ちょ………アァッ………」
「うッ」
押さえられない墜落感にマリアは大神の背に思わず爪を立てたのだ。しかし、大神は抱きしめることでそれに答える。
「マリア…いつまでも…どこまでも…一緒だ…」
「は…い……た…いちょう………」
シャラシャラと音を立て続けた鎖の音がやんだ時、二人は心も身体もひとつになった。
「…隊長……夜が明けてきましたね…」
やっとひとつになれた二人は離れるのを惜しむようにぴったりと身体を合わせたまま夜明けの横浜港を見ていた。
「なんだか…まだ夢のようです……隊長と…こんな風に夜明けの海を見ているなんて…」
マリアはコトンと大神の肩に頭をのせた。
「マリアは…まだ俺は隊長かい?」
「あ…すみません…つい……少しずつ…直します……」
「そうだね。」
大神はそっとマリアの髪にキスをする。
「でも…花組に帰ったらやっぱり隊長ですけどね。」
「そうか?別に俺はかまわないけどね。」
「ふふっ、隊長ったら……」
シーツにくるまったまま二人はついばむようなキスを続ける。
「愛してるよ。マリア。」
「…私もです…一郎さん……」
すべてを認めあい、許し合った二人は朝日の中で改めて熱いキスを交わした。
Happy Birthday