「隊長、お久しぶりです」

「マリア……」

 戦いの最中、絶妙なタイミングで戻って来てくれた、マリア。
 彼女が途中から参戦してくれたおかげで、大神たちは戦いに勝利する事が出来た。

「ありがとうな、マリア。本当に助かったよ」

 大神は笑みを浮かべて彼女に礼を言った。大神の笑顔に、マリアは少し頬を染める。

「いえ……私の方こそ、お役に立てて嬉しいです。隊長が戻られるというのに、留守にしていて申し訳ありませんでした」

 頭を下げたマリアに、大神は首を横に振った。そしてまた笑みを浮かべる。

「いいんだよ。でも、本当に助かった。ありがとうな。それから、これからもよろしくな。やっぱり、マリアが居てくれるのと居ないのでは、この花組は違うから」

「いえ……」

 大神の言葉に、マリアはまた微かに頬を朱に染めた。
 前の戦いの時から、彼女はこの若き隊長に想いを寄せていたから。
 だから、彼に自分が必要とされている事実が嬉しかった。
 例えそれが、花組の副隊長としての、サポート面だとしても。

「花組に、新メンバーが入りましたね」

 久しぶりの再会で、話したい事がたくさんあったはずなのに、上手く言葉にする事が出来ない。
 だから、つい仕事上の話をしてしまった自分に、マリアは大神に気づかれないよう、小さく苦笑した。
 目の前に大神が居る事実が、マリアの胸をいっぱいにさせていたのだ。

「新メンバー……。織姫くんと、レニか……」

 大神はそう呟いた後、苦笑した。それから、

「マリアはあの二人、どう思う?」

 と、問いかける。

「そうですねぇ……」

 と呟いて、マリアは困ったような表情の大神の顔を見つめた。
 大神は、実際困っているようだった。
 戦闘時には、二人ともかなり優秀な戦士なのだが、日常生活を共にするには、少し問題があるように感じられたからだ。
 織姫は、どういうわけだか大神の事をひどく嫌っているし、レニは何を考えているかわからないような、無口な少年だ。彼は、必要でない事は、全く口にしようとしない。
 二人とも、隊長である大神を、花組隊長としてしか接しようとしていない。

「隊員を束ねるのが俺の仕事なんだけど……。どういうわけか、まだ慣れてくれないんだよな、あの二人……」

 そう漏らした大神に、マリアは苦笑した。

「弱気な台詞ですね」

 と言う反面、マリアは大神が本音を漏らしてくれた事が嬉しかった。
 彼の相談にのれる自分を、誇らしく思う。

「まぁ、まだ戦闘時にちゃんと命令を聞いてくれるからいいんだけど、俺ははっきり言って、あの二人にどう接していいかって悩んでいるよ。織姫くんははっきりと俺の事が嫌いとか大声で叫んでくれるし、レニはレニで、何を考えているのか……; 面と向かって嫌いだとか言われたり、無視されたりすると、さすがの俺でもへこんでしまうよ。隊員に信頼されない隊長って、やっぱり駄目だよなぁ……」

「そんなぁ……」

 深いため息をつく大神を、マリアは優しい目で見つめた。
 その視線に気づいた大神が、マリアの瞳を受けとめる。
 視線が交差して、先に目をそらしたのは、彼の黒く深い瞳に見つめられて照れてしまった、マリアの方だった。

「隊長は、大丈夫ですよ。だって、前だって大丈夫だったじゃないですか」

「前って?」

 聞き返してきた大神に、マリアは彼から視線をそらしたまま、言った。

「私です。私は昔、隊長に反発していましたよね?」

 マリアの言葉に、大神は苦笑した。そして、

「そうだったね」

 と、呟く。

「はい。そうです。だけど隊長は、優しい心で私を包んでくださいました。他の隊員たちもそうです。隊長が、自分の身体を張って心をぶつけてくださるから、私たちは、優しい隊長を信頼できるようになりました。だから、今度だって絶対に大丈夫です……」

「マリア……」

 少し照れながら大神の顔を見つめると、大神の方もマリアの言葉を聞いて照れていたようだった。少し顔が赤くなっている。

「絶対に、大丈夫です。私が、保証しますから。あの新人の二人は、まだ隊長の事をあんまり知らないだけですよ。だから、焦らないでじっくりいきましょう。大丈夫……絶対に、大丈夫ですから……」

 そう言葉を続けると、大神の目が優しく細められた。
 温かい笑顔。自分の大好きだった、この笑顔。
 大神にはやっぱり、笑顔がとても良く似合う。
 否、どんな人間にも似合うのだろうけれども。

「ありがとう。がんばるよ」

 と言った大神に、マリアは頷いた。
 彼がいつもの前向きな彼に戻ってくれた事が、嬉しかった。

 

 

 

 この帝国華撃団花組は、大神一郎を信じるところから始まるのだ。
 数日後、何か織姫の気に障る事をしてしまったのだろう。
 頬にビンタを食らった大神を、マリアは目にした。
 それから、レニに話しかけようとしたのだが、タイミングを逃してしまい、困ったように頬のあたりを掻いている大神の姿も。
 精一杯の努力をしている彼は、花組の隊長としてではなく、一人の大神一郎という人間として、彼女たちに接しようとしていた。
 まだ、その努力は報われていないようだったけれども。

「もうすぐ、よ」

 大神を殴った織姫と、無視して通りすぎたレニの姿を見つめ、マリアはぽつりと呟いた。

「もうすぐ、隊長の事を好きになってしまうんだから……」

 昔の自分のように、あの二人は絶対に大神一郎に心を許してしまうだろう――。
 彼がどれだけ素晴らしい人間かという事を知れば、絶対に好きになる。
 そしてきっと、自分と同じように、彼の笑顔を好きになるのだろう……と、彼女は思ってその顔に優しい笑みを浮かべ、大神の姿をその瞳に映した。

「隊長、焦らないでいきましょうね」

 へこんで落ち込んだ時にはまた慰めてあげますから……。

 そう心の中で言葉を続けて、マリアは織姫に殴られ、レニに無視されてがっくりと肩を落とした大神の姿を、優しく見つめ続けていた――。


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