
魅惑の街、ラスベガスに今日も夜が訪れた。街は派手なネオンサインに照らされ夜だということを忘れてしまいそうなほど。
「あいかわらずね、この街も。」
開けはなった黒いフェラーリの窓からひときわ大きなネオンサインを見上げて、マリアは呟いた。
幼くして両親を失ない、身よりもなかったマリアがたったひとりでこの街に放り出されたのは9歳のことだった。少女がひとりで生きていくのにこの街は決して暖かいものではなかった。暗い路地裏でもう動くことも出来なくなっていたマリアを拾ってくれたのは、ディーラーのユーリーだった。
「俺と来るか?」
差し伸べられた手をマリアは迷わずとっていた。
それからマリアはユーリーと行動を共にするようになった。ユーリーは腕は一流だが、ひとつところにいるのを嫌がって各地のカジノを回っていた。腕利きのユーリーの名はその世界では有名で仕事にあぶれるようなことはなかった。ルーレットやダイスなどほとんどのディーラーとして一流だったが、一番得意としていたのはカード。そしていつしかマリアも見よう見まねでその技を取得していた。元々手先は器用だったのだろう。ほどなくユーリーも舌を巻くほどのカード裁きを見せるようになった。
そんなある日の真夜中、ユーリーは馴染みのカジノのオーナーから1本の依頼を受けた。ブラックジャックでとんでもなく勝っている客がいるので相手をして欲しいと。すでに眠っていたマリアをホテルに残しひとりで出かけたユーリーは2度と帰っては来なかった。マリアが再びユーリーに会ったのは死体安置所だった。まかされた大勝負に負けたため、カジノの用心棒に制裁を受けたのだ。「打ち所が悪かったんだな」マリアを連れてきた警官がポツリと言った。再び、マリアはひとりぼっちになった。しかし、ユーリーはこの日を予期していたように遺言状を残していた。彼の財産はすべてマリアのものになった。なにより、今度はマリアも生きるすべを知っていた。
次の日から、マリアはユーリーから学んだ技術を使ってディーラーとしてデビューした。そんなに大きいカジノではなかったがマリアの腕を知っているオーナーは喜んで雇ってくれた。14歳の天才女性ディーラーの噂がこの狭い街に広がるのにそんなに時間はかからなかった。それから7年。いつの間にかマリアはユーリーの後を継ぐように流しのディーラーとしてカジノを渡り歩くようになっていた。ラスベガスの一流ホテルの1室に住み、要請のあったカジノへと出向く。そんな生活をしていた。
その日もマリアはひと仕事終えてホテルへと戻ってきた。フロントへ向かおうとしたマリアをこのホテルのカジノのマネージャーが呼び止めた。
「ああ。マリア。よかった。」
「どうかなさったんですか?」
「実は今うちのカジノに独り勝ちしている日本人がいてね。困ってるんだ。悪いが相手をしてくれないか?」
「今から…ですか?」
なにげなく見たロビーの大時計はもなく日付が変わることを告げていた。
「ああ、報酬はいつもの倍払う。だから頼むよ。」
「わかりました。すぐにうかがいます。」
「よかった。今、奴はブラックジャック台にいるから。じゃあ、よろしく頼むよ。マリア。」
マネージャーはマリアの肩をポンポンと叩くと小走りにカジノへと戻って行った。
マリアが白いドレスシャツに黒のベスト、そして黒のミニタイトというディーラーの姿でカジノに現れた時には日付はとうに変わっていた。しかし、カジノは相変わらず大盛況で、ここだけは時間が止まっているようにさえ感じられた。マリアはベストのポケットにそっと手をやった。これは一種の儀式のようなものだ。ポケットの中にはユーリーがマリアに残してくれた愛車フェラーリのキーが入っている。
(いってきます…)
心で呟きマリアはフロアの奥へと進んでいった。
目的の台はすぐにわかった。ひときわ野次馬が集まっている一番奥のカード台。それは若い日本人の男だった。男の前には様々な色のチップが山となって積まれていた。すでにディーラーと1対1の勝負になっていた。相手をしているディーラーはこのカジノではナンバー1と言われている男だったが、マリアを見ると安堵したように小さなため息をついた。
「すいません。お客様、ディーラーを交代させていただきます。」
マリアの登場に野次馬が少しざわついた。
「俺はかまわないよ。しかし、今度はずいぶんと綺麗なディーラーだね。」
「カードを配ってかまいませんか?」
まるでマリア自身を検分するような男の視線には慣れていた。ディーラーとしてのこの姿が男の興味を惹くのも計算ずくだった。他に注意がいけば自然とツキも逃げていく。これもユーリーの教えのひとつだった。
「俺は大神一郎。君は?」
無視してマリアはあくまでも冷静にカードを配る。
「どうぞ。」
大神は配られたカードをちらりと見る。ダイヤのAとクラブの7。一方親のマリアの側のカードはハートの3。
「そうだな…とりあえず1枚。」
いいながら賭けるチップの枚数を倍にした。新たに配られたのはスペードの2。マリアは自分の方にも1枚配る。スペードのK。
「ホールド。」
「ふふん…。」
マリアのカードは見えている分で合計13。一方大神はこれで20になった。これでホールドする。そう思ってわざとマリアが配ったカードだ。しかし、大神はマリアの顔を楽しそうに眺めながら、さらにチップを増やした。
「俺はもう一枚。」
配られたカードは…ハートのA。21になった。マリアは静かに自分の前に伏せられたカードを開けた。クラブの8。こちらも21だった。
「引き分けだね。」
「次の勝負を…」
「待って。ちょっと賭けるものを変えないか?このもうけた分は全部なかったことにしてもいいから。」
「どういうことですか?」
カードを切るマリアの手が止まる。
「君のそのポケットに入ってるの。そう、そのベストのポケット。クルマのキーだよね。」
「何故…」
「そのクルマのキーと君を賭けない?俺は全財産をかけよう。伯父さんから相続したカルフォルニアのオレンジ園。どう?」
マリアは耳を疑った。この大神という男はいったい何を言っているのだろう。
「私を賭けろと?」
「ああ、この勝負に君が負けたら朝まで俺につきあう。もし君が勝ったら俺が相続したオレンジ園は君のものだ。悪い賭けじゃないはずだよ。」
突然の申し出に動けないでいる、マリアを大神はカード台に頬杖をついて見つめていた。その瞳の奥にある妙な自信がマリアは怖かった。申し出を断って通常の勝負を続けても勝てないかもしれない…勝負をしていてこんなに怖いと思ったのは初めてだった。カードを持つ左手が小さく震えるのを気づかれないようにそっともう片方の手で押さえた。もしこのままマリアが負けてしまえばカジノに大損害を与える。それは、マリアが流しのディーラーとして生きて行くには致命的なダメージになる。
「いいじゃないか。やってみれば。」
野次馬の中を進み出てきたのはこのホテルのオーナー・天笠だった。
「オーナー…」
「こちらとしてはお客様が今夜の勝ち分で彼女との1対1のゲームをお買いになるというのでしたらVIPルームを提供させていただきますよ。」
「それは助かるな。こう野次馬が多いと彼女も集中できないだろうしね。」
「わかりました。誰かお客様をVIPルームへ。」
バニーガールが一人進み出て、大神をエスコートしてさらに奥にある重厚な扉の向こうへと案内していった。
「さぁ、マリア。君も行きたまえ。このゲームの勝敗は個人的なものだ。我々の今後のビジネスには響くことはないから、リラックスしてな。」
「オーナー…それは…」
「負けたところで、彼に抱かれれば済むことだ。たいしたことじゃない。」
マリアは唇を噛みしめキッと天笠をにらみつけた。
「はは、いい目だ。また頼むよ。Good Luck。」
それだけ言い残すと天笠は他のスタッフにテーブルのチップを片づけるにいいつけてその場を立ち去った。
大神がいなくなったため、いつの間にか野次馬達もいなくなり、マリアだけがぽつんとカードテーブルに取り残された。もう後戻りはできなかった。この世界で生きることを決めたときにわかっていたことだった。
マリアはゆっくりとVIPルームに向かって歩きだした。その間、ずっとマリアはベストのポケットに手を当てていた。
(助けて…ユーリー…私に力を貸して……)
そう心で唱えて、マリアはVIPルームの扉を開けた。
「待っていたよ。」
中央に据えられたカード台にすでに大神は座っていた。
「すみません。遅くなりました。」
カード台までの数メートルがマリアには途方もない距離に感じられた。そんなマリアを大神は相変わらず余裕の微笑みで見つめていた。その視線を全身で感じ、身体が小刻みに震えるのをマリアは留めることができなかった。
ようやく、マリアがカード台につくと、大神はゆっくりとタバコに火を付けた。
「ではカードを…」
「待ってくれよ。夜は短い。一発勝負で行こう。」
「一発…勝負?」
「そう。お互いにカードを伏せたまま2枚配る。それをオープンしてその数で勝敗を決める。」
「そんな……そんなルールでいいんですが?あなたは一文無しになるかもしれないんですよ。」
「俺の心配はいらないさ。どうせ伯父さんの遺産、あぶく銭だ。どうせ心配するなら自分の心配をした方がいい。」
相変わらず自信ありげにいう大神をマリアはにらみつけた。
「ああ、でもその前に。君の名前を聞かせてくれないかな。それくらいはいいだろ?俺の財産を賭けるんだから。」
「……マリア…マリア・タチバナです。」
「マリアか…いい名前だ。」
大神の視線がマリアの碧の瞳を見つめていた。大神の瞳の輝きに耐えられず、マリアは思わず目をそらしていた。
「は…はじめます。」
マリアは深呼吸をしてカードを切り始めた。カードを切る音だけを聞いてなんとか平常心を取り戻そうとするが、それは失敗に終わった。どんどん早くなる心臓の音ばかりが感じられてしまう。
「どうしたのマリア。そんなに切らなくてもいいよ。早く済ませてしまおう。」
大神に名前を呼ばれるだけで心拍数が上がる。こんなことは生まれて初めてだった。とにかく、自分のツキを信じてマリアはカードを配るしかなかった。
二人の目の前には伏せられたカードが2枚ずつ。
「じゃあ、オープン。」
二人は同時にカードを返した。
「あっ……」
マリアは思わず声を上げていた。
マリアのカードはスペードのAとダイヤのA。Aは1か11と数えるので12。一方、大神のカードはクラブのKとハートの10で20。
「俺の勝ちだね。」
大神がはっきりと言うのをマリアは呆然と聞いていた。
「すごいな…フェラーリに乗ってるなんて。」
余裕の笑顔でドライブを楽しんでいる大神にマリアは心をかき乱され続けていた。当然のように助手席に乗り込み、とりあえず少しラスベガスの街を走ろうと言う。勝負に負けた男とドライブをするなんてマリアにとって屈辱でしかなかった。しかし、賭けは賭けである。いつしかクルマはラスベガスのはずれ近くにやってきていた。
「キャッ!何をするんです。」
そう言った大神の左手がそっとスカート越しにマリアの太股を撫でたのだ。
「止めてください。運転中なんですから。」
声を荒げてみたものの、大神の方はそんなことお構いなしにミニタイトのスカートを少しずつたくし上げ、ガーターベルトで留められた黒いストッキングの淵をたぐるようにして内股まで進入しようとしていた。
「止めてください……お願いします…運転しているんですから……」
「じゃあ、運転を止めればいい。」
「あうっ」
突然襲った甘美な刺激にマリアは思わずハンドルに顔を埋めてしまった。
「おっと危ない。運転はちゃんと前を見てしなきゃ。」
大神がもう片方の手でハンドルを押さえた。
「う……」
かろうじてマリアは体制を整えた。
「ここはまだ人通りが多いなぁ…もう少し人気のないトコに行こう。別に、マリアがそういうのが好きならいいけどさ。」
耳元でささやく大神をマリアはにらみつけると、アクセルを踏み込んだ。急発進したため、その反動で大神は助手席に押し戻された。しかし、大神は反省するどころか笑い出した。
「あはははは。まったく、見かけによらず乱暴だなぁ。」
しばらくすると大神の手はマリアの髪をいじりはじめた。
「綺麗な金髪だ…まるで絹糸の様だ。」
「やめてください…本当に事故を起こしてもしりませんよ。」
「君と一緒ならそれもいいな。」
耳に息を吹きかけられる。マリアはビクッと身体を奮わせた。もう観念するしかなかった。マリアは今は休業中のカジノの駐車場へとクルマを滑り込ませた。その一番奥にクルマを停車させた。エンジンを切ったのは大神だった。そのままマリアに口づけようとする。マリアは顔を背けてそれを拒んだ。こんな男に唇を許すのだけはイヤだった。しかし、大神はそんなことはかまわないというように、かわりにその耳にキスをした。
「そんなに嫌わないでくれ…確かにやり方は強引だった…でも、一目見てマリア…君に恋をした。どんなことをしても手に入れたいと思った…」
マリアは驚きに目を見開いた。大神の言葉は熱く、心に響くものだったのだ。いままでのどの言葉よりも。何よりも、今までの余裕が大神には感じられない。
「今日、カジノで勝ったのは本当にたまたまだった。あんなに勝つなんて思ってもいなかった。どうでもいいことだったんだ。君に会えた。それこそが俺には今日一番の幸せなんだよ。」
大神の告白を聞きながら、マリアはその手のぬくもりに懐かしさを覚えていた。そう、これはひとりぼっちになった時にユーリーが差し伸べてくれた手と同じぬくもり…。今まで誰と身体を重ねても感じたことのないあの懐かしいぬくもり……。マリアはそっと大神を振り返った。そしてゆっくりと瞳を閉じた。それが大神の告白に対する精一杯のマリアの答えだった。
大神はゆっくりとその唇に口づけた。何度も何度も浅く深く繰り返される口づけに二人の息が次第にあがっていく。大神の温かい手がそっとマリアのベストとブラウスのボタンをはずす。下着の上からその柔らかな乳房を壊れ物を扱うかのようにゆっくりと揉むとマリアの身体が大きく反り返った。あげたはずの嬌声はキスにはばまれて吐息に変わった。
「好きだ…信じられないかもしれない…でももう君から目を離せない…」
「大…神さん……」
そう呼んでマリアの腕が大神の頭を掻き抱いた。
大神は腕を伸ばし、シートを倒し、改めてマリアの身体抱きしめた。名残を惜しむような銀の糸を残しながら口づけをうなじへと移動させる。マリアが身体を奮わせるとその場所を刻みつけるようにキスマークを残しながら少しずつ唇を下へと降ろしていった。左手は乳房を愛でながら、右手はスカートの下に隠された秘所にそっと触れる。
「ああッ」
マリアが尖った声を上げて大きく身体をそらせるのに気をよくして秘所をいじる大神の指が次第に大胆になっていく。
「はぁ…だめ……ああ……」
すでにスカートは腰のあたりまで捲り上げられて、秘所を覆っていた下着も大神の手で半ばさげられていた。大神の指が動くたびに湿った音が狭い車内に響く。
「ああ……いや……もう…そんなに…し…ないで………」
すっかりマリアが受け入れられる状態になったことを確認すると、大神はそっと身体を離し、自分の座るシートを同じようにすっかり倒してしまった。そしてマリアの手を取ると一気に助手席へと引き寄せ、自分の上に跨るような格好にしてしまった。
「ああ…何を……アアッーーーーー」
そのままマリアの腰を引き寄せ、自身を挿入したのだ。突然の衝撃にマリアの背中は大きくのけぞりフロントガラスに触れた髪がサラサラと音を立てた。指でならされていたので痛みはないもののその圧迫感はしだいにマリアに充足感と悦楽を与えた。
「はぁ…だめ……ああ…こんな………」
下から大神に突き上げられるたびにはずされたガータベルトがゆらゆらと揺れてマリアの太股を叩いた。そんな些細な刺激さえマリアにはたまらないものになりつつあった。
「かわいいよ、マリア……」
はだけたブラウスの隙間からのぞく白い乳房に大神は口づける。
「ああ…お願いです……こん…なのは……いや……」
マリアの腕がすがるものを探すように彷徨う。大神は優しく微笑むとその腕を自分の後ろに回させ、抱き寄せた。
大神の胸に頭を乗せてマリアは大きく安堵の息をついた。
「はぁ……大神…さん……もう…許して……」
「まだだ…まだ俺は君を愛したりない。」
そう言ったかと思うと大神はマリアを抱き寄せたまま一気に体制を入れ替えてしまった。
「アアーーーーッ」
中に納めたままで体制を変えられ、ひときわ高い嬌声がマリアの口から発せられた。
「ああ…マリア……愛してる…本当に……心から…」
抱きしめられての告白にマリアはうっとりと目を閉じた。
「ああ……はぁ……ああ…おお…がみ…さ…ん」
「一郎だよ。い・ち・ろ・う。」
「イチロウ………」
大神の背中に回された手に力がこもる。
「マリア……一生離さない…君は俺のものだ……」
「……離さないで……私を一人にしない…で…」
「ああ、絶対に離さない……離さないよ。」
大神はマリアの脚を自分の肩に乗せてしまうと、さらに深くマリアの内部を穿った。
「ああ…イチロウ………」
二人は強く抱き合ったまま快楽の淵に落ちていった。
その後、二人は大神の運転で再び繁華街へと戻った。大神のホテルの部屋で二人は再び激しく求め合った。
「…いつまでもこうしていたい…君を離したくない。」
マリアは背中に回した腕に力を込めて、その言葉に応えた。今はこのぬくもりに溺れていたかった。大神の与えてくれる愛をただ身体に刻み込みたかった。朝になれば消えてしまう、そんなうたかたの夢だとマリアにはわかっていたから。
(夜が…明けなければいいのに……)
快楽の波に翻弄されながら、マリアの頬に涙が一筋流れた。
しかし、やがて朝は訪れる…。
カーテンの隙間から入ってきた朝の光でマリアは目を覚ました。隣では大神が規則正しい寝息をたてている。その無邪気な寝顔にマリアは思わず微笑んだ。
「まるで昨日とは別人みたい…」
そう呟いてマリアはふと表情を曇らせる。そう、すべては一夜の夢だったのだ。愛を語らい、身体を重ねたのもすべて朝までの夢。
マリアは大神を起こさないようにそっとベッドを出た。シャワーを浴びたかったが、今は少しでも早くこの部屋を出なければという気持ちの方が強かった。このままこの部屋にいたらきっと自分は大神から離れられなくなる。それが怖かった。大神は昨夜、カジノに来たのはたまたまだと言っていた。観光でやってきただけの旅行者。ディーラーのマリアとはまったく別の世界で生きる人なのだ。
身支度を整えると、マリアはベッドに近づき大神の眠りを妨げないようにそっとその髪に口づけた。
「さようなら…イチロウ…愛してます。」
そしてサイドテーブルにクルマのキーを置くと、そっと部屋を後にした。
まるで祭りの後のような朝のラスベガスをマリアは一人、歩いていた。とりあえずホテルに戻って、シャワーを浴びて…昼には新しいクルマを探しに行こう。そして、夕べのことはすべて忘れよう。あれは一夜の夢。私は一人で生きていくのだから…。しかし、忘れるにはあまりにも幸せな夢だった。
(しばらくこの街を離れた方がいいかもしれない…)
そんなことを思いながらマリアはホテルへと歩き続けた。
ププーーーッ
遠くで激しいクラクションがなった。思わず振り向いたマリアは目に飛び込んできたのはまっすぐこちらに向かって走ってくる黒いフェラーリだった。
「まさか……」
フェラーリは激しくタイヤを軋ませてマリアの横に停車した。そして、中から大神が飛び出してくるのをマリアはただ呆然と見ていた。大神はそのままマリアに駆け寄ると強く抱きしめた。
「マリア…やっと見つけた……」
「あ…イチロウ……どうして……」
「目が覚めたら君の姿がなくて…君の服も何もなくて…昨夜のことはすべて夢だったのかと途方に暮れていたらサイドテーブルにクルマの鍵だけが残っていた。それで飛び出して来たんだ。」
「あ…いえ…あれは夢です…一夜だけの…夢なんです。」
「いいや違う、現に君はこうして今俺の中にいる。決して夢なんかじゃない。」
「…いけません…あなたはただの旅人…私はこの街の裏の世界で生きる女なんです。」
「そんなことはわかってるさ。でも、昨日約束したはずだ。俺は一生君を離さない。この手を離さないって。」
「でも…でも……私は…私は………もう穢れているんです。あなたと同じ世界で暮らすことなんて……」
この腕に抱かれていられたらどんなに幸せだろう…。しかし、それこそ夢なのだ。
「君にどんな過去があってもかまわない。俺は今の君を…今のマリアを愛してる。この世界のどこにも君の代わりになる人などいやしない。」
「……」
「君が今の生活を続けるというのなら、俺は何度君のテーブルに座らなければいけなくなるんだろう?」
「え?」
思いもよらなかった言葉にマリアは驚きの声をあげて大神を見つめた。そんなマリアを微笑んで見つめ返しながらさらに続けた。
「俺は破産してしまうかもしれないな。でも、それでも、君をこうして腕に抱けるのなら…それもかまわない。……愛してるんだ」
「イチロウ…」
マリアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「そんなことになったら、破産するのは私だわ。きっと、わざとあなたに負けてしまうもの」
と、くすりと笑って見せた。
「愛してる…マリア。一緒に来てくれるね。」
マリアはそっと大神に口づけた。そして言った。
「愛してます。誰よりも……」
Continued in your dream !