Secureness Protection

  ACT1:トラブルメーカー


横浜、馬車道通りのビルの最上階にそのオフィスはあった。
「だーかーらーー。マリアがこのまま社長になっちまえばなーんの問題もねぇじゃねえか。」
普通、男でもなかなか持ち上げられないであろう大きなダンベルを軽々と持ち上げながら赤いタンクトップ姿の女性が言った。
「カンナ。なんど言ったらわかるの?私じゃだめなのよ。社長っていうのは会社の顔なんだから。ボディーガードっていう世界で生き残って行くのにはやっぱり色んなところに顔の利くような人が社長になってくれないと。」
ピンストライプのスーツを着込んだ女性はそう言って頭を抱えた。
「なぁ…レニはどう思うんだよ。」
二人から少し離れたところで我関せずといったふうでパソコンを操作している少年とも少女とも思える風貌の子にカンナは言った。
「僕?僕はどっちでもいいよ。ただ、この会社がなくなるのは困る。ここでないと僕の知識が生かせないから。」
「レニ、お前は爆弾触ってられたら十分なんだろ?まったく…でも実際、あたいもこの仕事ができなくなるとちょっと困るしなぁ…」
「とにかく…新しい社長を捜しましょう。いい社長が見つかればいい仕事が入る。そうすれば、すべてまるく修まるわ。そうでしょ。」
マリアはゆっくりと二人の顔を見渡した。
「確かに…そうだな。」
「異議なし。」
二人の答えに満足したようにマリアは大きく頷いた。
「というわけで…レニ、何かいい情報はみつかって?」
「今、検索中だよ。」
 ダンベル片手にちょっとモニターを盗み見たカンナはついていけないというように軽く頭を振って見せた。レニの目の前のモニターにはすごい早さで文字が流れていく。
 このように彼女達はそれぞれ高度な戦闘能力と特殊な才能を持っていた。それは彼女たちが必ずしも望んで身につけたモノではなかったが、そのおかげでこうやってこの横浜でボディーガード業をやっていけるのだと今では3人とも割り切っていた。
 マリア・タチバナは共産主義下のソ連でスパイとしての英才教育を受け育った。やがて、その射撃の才能を見込まれて暗殺手としての教育された。小さな少女の凄腕の射撃手は「クワッサリーのマリア」と呼ばれ、西側諸国に恐れられていた。しかし、共産主義の崩壊と同時に知人を頼って母の故国である日本に亡命してきたのである。
 桐島カンナは琉球空手の中でも古い流れを汲む桐島流の継承者として生まれた。しかし、一撃必殺といわれたその拳の奥義を狙われ、父は殺され、カンナは島を捨て横浜にやってきた。そんな時にマリアに出会い二人で組むようになったのだ。
 最後に一番歳の若いレニ・ミルヒシュトラーセは、ドイツの秘密結社に拉致され殺人兵器として教育された。ありとあらゆる銃器、爆弾の扱いを覚え、コンピューターを使う技もそこで取得したものだ。要人暗殺のために来日したが、ボディーガードしていたマリアとカンナに阻止され、失敗。組織に帰ることができなくなり、以来二人と行動を共にするようになった。
 こんな3人はマリアの祖父の古い友人である霞ヶ関の長老とも呼ばれる花小路の力もあり、この横浜でボディーガードの会社を設立した。しかし、全員脛にキズを持つ身なのであまり全面に出て宣伝することができない。しかも、この世界はやはり信用が一番ということもある。それにはそれなりに顔の広い社長が必要だということで、もっか社長探しの真っ最中なのである。
「あ…。」
小さく呟いてレニの手がEnterキーを叩いた。
「見つかった?」
マリアは素早くレニの後ろに立つとモニターを覗きこんだ。そこには一人の青年の姿があった。
「大神一郎…W大学法学部卒。神奈川県警、警ら課勤務。…これのどこがすごいの?レニ。」
「もっと下まで読んで。」
言われるままにマリアはそのままスクロールさせて大神の経歴を読み進めた。そのころになるとカンナもモニターの前にやってきて、二人の頭の上からのぞき込んできた。
「なになに…こいつはすげぇや。まだ配属されて1年ちょっとなのに警視総監賞が4回?一番新しいのは…こいつは先月のバスジャック事件じゃねえか。」
「ああ、それなら覚えてるわ。確か、たまたま乗り合わせていた休暇中の警官が犯人を取り押さえたのよ。…その警官がこの大神って人なわけね。」
「どう?他のもすごいよ。警視総監賞以外にも署長賞はもっともってる。」
「本当ね。彼をうちの社長にできたら、県警とのパイプも出来そうだし…使えそうだわ。」
マリアは納得したよう何度も小さく頷いた。
「よしっ…と、でもよー、どうする?相手は現役の警官だろ?」
「そうね…でも相手は人間ですもの、何か付け入る隙はあるはずだわ。」
「そうだね。調べてみるよ。」
レニは軽やかにキーボードを叩き始めた。
マリアとカンナが息を飲んで見守る中、ピーっという音ともにレニの指が止まった。
「どう?」
「難しい…武道も得意みたいだし…射撃の成績もいいし…学校でもいつも優等生…あ、もしかしたら…」
レニの指が再び動き出した。
「なに?」
「彼は中学、高校とずっと男子校で、そのせいで今まで女性とつきあった経験がないらしい。」
「…って、それが弱点?」
「たぶん。」
レニの答えにカンナが声を上げて豪快に笑った。
「ってことは、誰かがこいつを誘惑してくりゃいいってことか?」
「そうなるね。」
あはははは。カンナは再び笑い始めた。
「カンナ!真面目な話なのよ。」
マリアに叱られてカンナは慌てて口を押さえたがどうしても笑いを止めることはできなかった。
「わりぃ、わりぃ…でもよ。誘惑するっていったら適任は一人しかいねぇよなぁ、あたい達の中には。」
カンナとレニの視線がマリアに集中する。二人に見られてマリアは狼狽を隠せない。
「ええッ?!わたし?」
二人は黙って頷く。
「え?でも…そんな…ええ?」
すがるような瞳で二人の顔を代わる代わる見るが、二人はただ頷くだけだった。



 数日後の夜、マリアは赤いミニのスリップドレスにパンプスという姿で横浜駅にいた。
『大神って人はとにかく女性に免疫がないから、すこしどっきりするぐらいの格好の方がいいと思う。』
慣れぬ格好でどうにも落ち着かないが、これも作戦のうちだとレニに言われてはマリアに反論の余地はなかった。この格好もレニが選んだものだ。とにかく、ここで帰宅前の大神と接触してなんとか言いくるめて事務所に連れていく。それがとりあえずのマリアの任務だった。
『マリア、聞こえる?』
耳につけたイヤホンからレニの冷静な声が響いた。
「ええ、よく聞こえるわ。」
『今、大神が所を出たよ。まっすぐそっちに向かってる。いつも通りだ。』

 レニは愛車のマウンテンバイクに跨り横浜署の前にいた。レニは一昨日から大神を尾行していた。そのため大神の生活のリズムはすっかり分析済みだ。勤務が終わるとそのまま真っ直ぐ横浜駅へと向かい、そこから決まった電車に乗り、アパートの近所のコンビニで夕食を買い、帰宅する。とにかく、真面目を絵に描いた様な男なのである。レニはマリアと交信しながら、取り出した携帯端末に今までの状況を入力した。もちろん、大神から目を離したりはしない。
「あ、今地下街への入口にはいった。」

『マリア、あとはまかせたよ。』
「見えたわ。」
『了解。じゃあ、あとで。』
「OK。」
マリアはそう言い終えると、大神に走りだしたた。

『…まず大神が帰宅するところを駅の地下街でマリアが待ち伏せしてわざとぶつかって、ケガをしたフリをして…それだけじゃ弱いな…もうちょっとなにか理由があった方がいいな…その方がもっと大神の気を惹けるだろうし…』
レニはそう言っていた。しかし、そんなにうまくいくものかどうか…。マリアは心の中でそっとため息をついた。
『そうだな、誰かにつきまとわれてるとこにしよう。真面目だから事件の匂いがすればきっと着いてくるから。』
その言葉どおり、走りながら後ろを振り返るような仕草を何度も繰り返した。そして…。

「わッ」
「きゃッ」
思い切りぶつかった二人はその勢いで尻餅をついた。お尻をさすりながら先に立ち上がったのは大神だった。
「大丈夫です…か?」
手を差しのべた大神の顔がみるみる紅く染まっていく。そこにはマリアが生足を無造作に投げだして足首を押さえて蹲っていた。
「痛い……ッ」
マリアの苦しげな声に我に返った大神は慌ててしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか?」
「あ…はい、すみません。私が前をちゃんと見ていなかったから…。ちょっとひねったみたい…」
「ちょっと見せて……うーん、腫れたりはしてないみたいだけど…」
「大丈夫です…それより。助けてください。」
マリアは目の前の大神におもむろに抱きついた。
「え?ええ?あ…あの…その……え?」
「実はホームから変な男にずっとつけられていて、それで気味が悪くて逃げてたんです。」
瞬く間に大神の顔が正義感溢れる警官の顔に戻りマリアをしっかりと抱きかかえ、あたりを伺う。
「特に怪しい男はいないみたいだけど…どんな男だかわかりますか?」
マリアは首を横に振った。
「普通のサラリーマンっぽいんですけど…紺のスーツで……でも、目つきが…怖いんです。これでもう1週間も…」
「一週間?! ストーカーかもしれないなぁ…」
「ストーカー?…どうしよう…怖いッ」
そういうとマリアは一層強く大神にしがみついた。マリアの豊かな胸を押しつけられるようにして再び大神は顔を紅くして、マリアをそれとなく引き剥がした。そして、胸ポケットから警察手帳を出すと、
「と、とにかく、送りますよ。俺は横浜駅前派出所の大神といいます。」
「おまわりさん?」
「ええ。」
マリアは大きく安堵の息をついた。
「でも…本当に、いいんですか?」
「これも何かの縁です。それに、市民が困ってるのを見て見ぬ振りはできませんから。」
「うれしいッ。」
マリアは大げさに大神にだきついた。
「あ…あの…ここは日本ですから…その…街の中で…その…こーゆうことは…えーっと……」
しどろもどろになっている大神からマリアはぱっと身体を離した。
「あ、すみません。あんまりうれしくって…本当に不安だったんです。ありがとうございます。」
「い…いえ。あの立てますか?」
大神はそっとマリアの手を取ってゆっくりと立たせた。
「あ、はい…なんとか大丈夫みたいです。」
「お宅はどちらですか?」
「馬車道なんですが…」
「馬車道…ではタクシーでいきましょう。」
「はい。」
大神はマリアの足をいたわるようにゆっくりとタクシー乗り場へと
向かって歩き出した。


 一方、レニは外で事の一部始終を聞いていた。
「うまくやったみたいだね。じゃ、僕も帰還する。」
誰に言うともなく言うとレニはマウンテンバイクの方向をくるりと変え、カンナの待つオフィスへ向かって力強くこぎ出した。


『とにかく大神と二人になったら、不安だというようにベタベタして。』
(…といっても、ベタベタってどうしたらいいのかしら…)
マリアはとりあえずタクシーの中で大神にぴったりと寄り添いその腕にしがみついていることにした。手を握った瞬間ビクッと大神が身じろいだのがわかると、不思議とマリアの心に余裕が出来てきた。
(うふふ…ちょっとからかってみようかしら…)
大神がひざに置いていた手の上に自分の手を重ね、そっと握った。
「!!!!!!」
思わず息を飲む大神にどんどんマリアは大胆になっていった。そのまま身を預けるようにして、呟く。
「本当によかった…あなたのような方に会えて…」
「あ…いや……その…こ、こまった時は…その…こういうことは俺の仕事ですから…えーっとだから…」
大神の鼓動が早くなっていくのが感じられてマリアはあまりの純情さに笑い出しそうになるのを押さえるのに必死だった。とりあえず気取られないようにしがみついた手に力を込めてそのまま肩口に顔を埋めた。

 多少、渋滞に巻き込まれながらタクシーは馬車道通り沿いのビルの前で停まった。
「このビルかい?君の家は。」
大神はマリアを支えながら下から上へとゆっくりとビルを見た。
高さこそないが最新設備を整えたビルだということは聞いたことがあった。
「ええ。どうもありがとうございます。あの、よろしければお茶でも…」
「いや、俺は…。」

『ここまで連れてきてもきっと大神は上がってこないだろうから、その時は事件のことで気になることがあるとか言えば、たぶんこういう男はついてくるよ』

レニの言葉を思い出し、マリアはうつむいて呟いた。
「実は、他にも気になることが…さっきの男と関係あるかはわからないんですが……」
「なんですって何か他にも被害にあってるんですか?」
「それが…とにかく詳しいことは部屋で……」
「わかりました。」
大神ははっきりと言うとマリアを気遣いながら、なんの疑いもなくビルの中へと入っていた。

「来るよ。」
最上階のオフィスではパソコンに向かいずっと会話を聞いていたレニはそう言うとキーボードを操作して窓のブラインドをすべて下ろした。
「よっしゃ。マリア、うまくやったな。」
天井にむき出しになった梁につかまって片手懸垂をしていたカンナがひょいと飛び降りた。
「僕の立てた作戦は完璧だよ。」
レニはデスクの中から愛用の小型の銃をとりだしホルダーに納めた。カンナは広げた左手に右手に作った拳をあてて、低いうなり声を上げて精神統一を始めた。

 エレベーターの中ではマリアが最後の細工に取りかかっていた。
「君の部屋は何階なんだい。」
「最上階です。このエレベーター自体が部屋の鍵みたいなものなんですよ。このボードで暗証番号を入れないと最上階へはいけないので…」
そういわれて大神はマリアの手元から視線をはずすため、そっと後ろを向いた。どこまでも真面目な男だとマリアは思った。しかし、かえって事はやりやすい。人物認証は角膜認証なのですでに済んでいる。素早く最上階を指定してエレベーターをそこから動かなくするようテンキーを操作すると、ピーッと設定終了を告げる電子音が響き静かにエレベーターは動きだした。
ほどなく、エレベーターは最上階に到着した。一瞬の間の後静かに扉が開いた時、大神は突然まぶしい光に照らされて思わず顔を背けた。
「ようこそ、大神巡査。」
マリアが言った。しかし、その声にさっきまで大神にとりすがり不安げにしていたものはまったく感じられなかった。危険なモノを感じて大神は左腕で目をかばいながら、手探りでエレベーターのボタンを押すが、まったく動く様子がない。
「無駄だよ。エレベーターはここで止まるように設定してあるから。」
少年のような少女のような冷たいレニの声が言い放つ。
「なんのつもりだ。…一体…何が目的なんだ、こんなことして!」
「あなたとゆっくりお話をしたことがあったのよ。」
マリアが言う。
「話をしたいのなら、普通に呼び出せばすむことだろうッ。」
「とりあえず、あまり他の人に知られるようなことは困るから、こういう手段を使った。手荒に感じたなら謝る。」
レニの言葉をを合図にしたかのように強烈に大神を照らしていたライトが消された。突然、目の前が真っ暗になる。部屋にはいくつかの間接照明しかないため、目が慣れない大神にはぼんやりとしか室内の様子はわからなかった。手前に立っている長身の人物がマリアだということはわかるが他に何人室内にいるのか大神には皆目検討がつかなかった。
「…くそ、なにも見えない。」
吐き捨てるように言った大神の手をマリアがすっと取った。
「こちらへどうぞ。」
手を引かれるままに大神は室内に入っていくしかなかった。少し目が慣れて来るころ大神は中央に設えられたソファに座らされた。
「なんだ。写真よりもいい男じゃねえか。」
カンナはそう言って大神のとなりドンと勢いよく座った。
「そう?」
反対側にはレニが静かに腰を下ろした。マリアは大神の目の前に座った。いつの間に着替えたものか、マリアはお気に入りのピンストライプのスーツ姿に戻っていた。
「こんな形でお連れしたことをまずお詫びします。でも、私達にはどうしてもあなたが必要なんです。」
静かにマリアが話始めるころになると大神もかなり目が慣れて、間接照明のなかでもかなりはっきりと室内の様子が分かるようになっていた。
「どういうことだい?」
「私達はここでシークレットサービス…つまり要人警護の仕事をしています。しかし、見ての通り私達はこの通りの集まりです。私と彼女、レニは亡命したような形でこの国にいます。カンナは純粋な日本人ですが…」
「あたいは沖縄人だよ。」
カンナが憮然として言った。
「ああ、そうだったわね。…とにかく、そういう訳で、私達はクライアントが信用してくれるような日本人の社長を探してるんです。」
「…社長?」
「はい。正直いいまして…今までは知人の依頼でフリーランスで要人警護を請け負ってきました。しかし、それでも信用してもらえるまではなかなかなんです。私達にはこの会社の顔になってくれるような社長が必要なのです。」
マリアの声は穏やかだが、どこか強さを感じさせた。
「ちょっとまってくれよ。まさかとは思うが…俺にその社長になれと?」
「そうだよ。色々調べた結果、あなたが一番適任だという結論がでた。」
「お、おいおい、まってくれよ。俺は一介の巡査だぜ、地方公務員だ。要人警護だのなんだのって…冗談だろ?」
「確かに。でもあなたはこの短期間に大きな事件をいくつも解決して警視総監賞を4回も取ってる。署長賞もね。」
「あれは…あれはあくまでもたまたまそういう現場にいたってだけで…当たり前のことをしただけだ。」
「そんなこと関係ないんだ。さっきマリアが言ったように、僕らが欲しいのは看板であって腕じゃない。腕なら僕らだけで十分だ。」
「え?」
「つまりさぁ、あたいらが欲しいのは、『1年間に4回も警視総監賞を取った』あんたなんだよ。わかるかい?」
「って待ってくれよ、それは俺に警官をやめろってことか?」
「もちろん。」
レニの言葉にマリアとカンナも頷いた。
「あなたを社長に迎えるに当たっては、年棒は今の10倍。住まいとしてはこのビルの最上階のペントハウスを用意してます。クルマはポルシェ。これらをすべて、自由にお使いいただきます。決して悪い話ではないと思いますが?」
そういうとマリアはテーブルの上で両手を組んだ。
「…俺がNo言ったら?」
「このまま黙ってそうですか。って帰す訳にはいかないわ。」
マリアが言うのと同時にレニの座った側から大神の腰のあたりに固いものが押しつけられた。
「まさか…俺を殺すと?」
「それもやむ終えないかしら…」
「これでも現役の警官だぜ。」
「理由なんていくらだって後からつけられるわ。」
マリアはそう言うとニッコリと微笑んだ。
「選ぶのはあなただよ。大神巡査。この場で僕に撃たれて死ぬか。それともここの社長になって優雅な暮らしをするか。」
大神は大きくため息をついてゆっくりと首をヨコに振った。
「死にたくはないけどね、でも君たちの話を鵜呑みにもできないな。確かに魅力的な条件ではあるけど…俺はさっきも言ったように特別な人間じゃない。ただの地方公務員なんだよ。平凡に生きていきたいのに…なぜだか事件の方が俺の所にやってくる…それが4回の警視総監賞の真実さ。だから……」

ビービービーッ

 けたたましい警報音に4人は緊張した。素早くレニはパソコンの前に座りキーボードを叩き始めた。モニターにはビルの1階の様子が、監視カメラ、暗視カメラ、熱監視センサーなどいくつものウインドウで表示された。
「いったい、何事?」
大神も思わず一緒にモニターの前をのぞき込んだ。
「わからない。ただ、武装した男が7人…いやまた来た10人かな…進入してる。」
「武装って…おい、どういうことだよ。」
「…この腕のところのマーク。拡大できるかい?」
大神に指示されるとレニはすばやく操作してその部分が大きく表示された。
「やっぱり……『黒之巣会』だ。」
「やっぱりって、おい、なんか心当たりがあるのかよ。」
「君たちが言ってた警視総監賞の話だけど、ほとんどが黒之巣会、もしくはその残党がからんだ事件なんだよ。」
「そういえば…大神巡査が最初の警視総監賞を取ったのは黒之巣会のボスを逮捕したから…だよね。」
「ああ、そうだ。それで奴らは報復のため俺をあの手この手で狙ってくる。」
「じゃあ、それで警視総監賞?」
マリアの言葉に大神はだまって頷いた。
「黒之巣会といやぁ、前にアメリカ大統領夫人の警護してた時にやっつけたのもそうじゃなかったけか?」
「…つまり、両方に報復しようってことね。…面白いじゃないの。ここに直接攻め込んでこようなんて…」
マリアの口元に怜悧な微笑みが浮かんだ。
「どうする?マリア。」
「幸いエレベーターは止めてあるから。今奴らはどこに?」
「1階の非常階段の扉を壊そうとしてる。」
「そう。じゃあ、とりあえず、2階〜7階までを封鎖して。下のオフィスで決着つけましょう。」
マリアはそういいながら腰につけたホルダーから愛用のエンフィールドを取り出した。
「了解。封鎖完了。」
そう言って、レニはデスクの隅に並んだボタンを一つ押した。
すると壁の一部が開き、様々な口径の拳銃やライフル、小型バズーカ砲などが現れる。
「どれにしようかな…」
小型バズーカに手を延ばしたレニに、
「レニ。今日はそれはダメよ。」
すかさずマリアにたしなめられ、ちょっと不満げに眉をよせる。
「了解…しかたないね。」
そういうと、マシンガンを2丁取り、ひとつをカンナに投げる。
「大神さん。あなたはどうします?」
大神を振り返るマリアに、大神は小さく頷いた。
「…降りかかった火の粉は払わないとな。」
「では、そこにある銃器のどれでもお好きなのをお使いください。すべて整備してありますから。」
「わかった。ありがたく貸してもらうよ。」
大神は銃器の棚を見回し、結局、小型ライフルとリボルバーを選び、補填用の銃弾も一箱ポケットにねじ込んだ。
「大神さん、これをつけてください。」
非常階段とは別の階下へと下りるための階段を下りると、マリアは大神に小さな耳掛け用のイヤホンのようだ。
「これは小型通信機です。これで離れていてもみんなで話ができます。」
「ありがとう。」
大神はイヤホンを装着した。
「レニ、今奴らはどこ?」
反対側の壁の影でレニは腕時計をいじっているのが見える。どうやら小型パソコンになっているらしい。
『今、2階下まで来てる。もうすぐだよ。』 
「OK。来るわよ。カンナ、用意はいい?」
『ああ、バッチリだぜ。へへ、腕が鳴るぜ。』
カンナはドアの脇に立って、精神統一をはじめていた。
「はりきりすぎて壁に穴をあけないでね。」
『あけちゃいけないの? いくつか爆弾仕掛けたけど。』
レニの言葉にマリアは小さく首を横に振った。
「…レニ……お願いだからビルは壊さないで。」
『それは大丈夫、ポイントははずしてあるから。』
マリアは小さくため息をついてから言った。
「…わかったわ、でも爆弾は最終手段よ、いいわね。」
『了解。』
と、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。大神はカウンターの影に回り小型ライフルを構えると非常口の入口に照準を合わせた。
扉の脇ではカンナが待機している。
 足音が扉の前で止まった。ゆっくりとドアのノブが動き、ギーーッと音をたてて、スチール製のドアがひらかれると階段の灯りが暗いオフィスに差し込んだ。ふいに二人の人影が現れたかと思うと構えたマシンガンが火を噴いた。大神は慌てて身を潜めた。銃声が修まった瞬間、大神はすかさずライフルを構え直し撃った。大神の撃った弾は一人の男の肩口を貫通して、男はそのまま階段の方へと倒れる。その隙にカンナはもう一人に強烈な回し蹴りをくらわせた。
 倒れた同胞にかまわず、次々と進入、攻撃してくる敵をマリアのエンフィールド、レニのコルトが倒していく。
『大神巡査。結構やるね。』
「ありがとう。これでも射撃の成績はよかったんだ。」
そう答える大神のライフルがまた敵の銃をとらえ、弾けとばせた。
『チェッ、囲まれちまったぜ。援護頼む。』
「了解よ。」
カンナのSOSにマリアが動いた。琉球空手の使い手であるカンナは基本的に接近戦が基本になる。銃器も持ってはいるものの、あくまでも基本は1対1の接近戦だ。こういう場合は一番不利な立場になるのもカンナなのである。
 カウンターを出て、イスの影と銃弾をよけつつ少しずつカンナの方に近づいていく。とその時だった。
「あッ!」
マリアがバランスを崩して倒れた。一発の銃弾がマリアの右の靴のヒールを打ち抜いたのだ。
 そして、倒れたマリアは引き起こされ、後ろから首にがっちりと腕をまわされ、そのこめかみに銃口が当てられた。
「うごくな、仲間がどうなってもいいのか?」
凛と通る声に3人は沈黙するしかなかった。
「まったく…世話を掛けさせる…早く武器を捨てて出てこい。虫けらどもめ。」
体制を立て直した男達が4人が銃をかまえて入ってきた。
「ふふ、確かマリアだったな。いいざまだぜ。お前達のせいで黒之巣会はもう崩壊寸前だ。」
「それで私達に復讐しに来たっていうの?おかしいんじゃない?ウッ…」
首に回した腕に力を込められマリアは絶句した。
「口の減らない女だな。このまま縊り殺してやろうか?ん?」
「うッ…うう」
マリアは顔をゆがめ、首にまきついた腕に爪を立てた。しかし、それはゆるむどころかかえって力を込められてしまう結果になった。
男たちがカンナの前にさしかかったとき、レニの小さな声がレシーバーに流れた。
『カンナ、伏せて。』
その声にカンナが動くのと同時に男達の脇で爆発が起こった。
「なに?!うわぁっ!」
叉丹が爆発に気を取られた隙にマリアは肘鉄を食らわせ、その腕からすりぬけた、そして床を回転するようにして足元に転がっていたエンフィールドを手にすると素早く構えて引き金を引いた。
「うぐっ」
マリアの撃った銃弾は叉丹の肩を貫いた。体勢を立て直すまもなく、その眉間にエンフィールドの銃口が当てられる。
「動かないで、こんどは肩ぐらいじゃすまないわよ。」
叉丹は悔しそうにおおきく息をついた。
 

 指揮官を失った男達はそのまま素直に投降した。
 警察から簡単な事情聴取を受け、再び4人がビルに戻ったのは夜中になっていた。
「とりあえず…なんとか無事に終わったな。乾杯しようぜ、乾杯。」
「カンナ、乾杯はまだよ。」
「そう。まだ大神巡査の答えを聞いてない。」
3人の視線がソファ座った大神に注がれる。
「…答えもなにも…こんな大騒ぎ起こして警察に戻れるわけないじゃないか……ったく、責任とってくれよな。」
大神は大きなため息をついていった。
「よっしゃーーッ。さあ、祝杯だ。ビール、ビールと。」
カンナが奥のホームバーから缶ビールを3本とオレンジジュースを持ってくる。
「レニ、お前はまだ未成年だからジュースな。」
「……」
憮然としながらも黙ってレニも缶ジュースを受け取る。
全員に飲み物が渡ったのを見計らって、マリアは言った。
「それでは、事件の解決とそして、我が社の新しい社長に。」
「かんぱーーーい!」
カンナがそれに続いて大きな声をあげた。
大神はもう一度深いため息をついた。


TO BE CONTINUED


<あとがき>

 一部ですっかり盛り上がってます。麗さんが声で出演されている海外ドラマシリーズ「V.I.P」に影響されまして書いてしまいました。書きはじめてから放映でマリアの役になる人がロシア系とわかり、ちょっと驚きましたが(笑) (まあ、名前がターシャだからちょっと考えればわかることなんですけどね(^_^;)) 遊びで作った設定ですが気に入ってしまったので、少しずつですけどシリーズで書いていきたいと思いますので、是非おつきあいください。

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