陰
送
-かげおくり-
正直言って、俺には分からない話だった。
俺の師匠、奴の両親、雨紋の師匠、そして目の前の老人。
彼らが今、俺達と相対してる奴と17年前に闘って封じ、そのかわり、奴…水原 稜一朗の両親が犠牲となった。そしてその因縁を、子である稜が継いでいる…それが目の前にいる老人、新山龍山の話だった。
俺なんかは、運命なんて信じるつもりはなかったし、勿論横にいる奴も当然信じないと思った。
だが、奴はそうでなかったらしい。「感謝します」
そう言って、奴は深々と頭を龍山に向けて下げた。
「では、宿星を信じるというのだな?」
「ええ。その宿星を与えてくださった事に、感謝します」
奴はもう一度その言葉を口にする。
俺は、俺の知らない[奴]をそこに見たような気がした。少し俺たちより遅れて、稜が歩いている。
美里達も、先ほどから奴に話しかけるのをためらっているのか、側によることもしない。
あれだけの告白を聞いて、あいつに何が言えるのか迷っているようだ。
俺は、そんな雰囲気に耐えられなくなって、少し歩調をゆるめて、奴に並ぶ。
「おい、稜!お前本当に信じてるのか?」
俺の声に、奴はいつにもまして穏やかな表情を見せる。
「京一か…俺がそんなの信じてるのは可笑しいか?」
「意外だと思ったんだよ。お前が運命なんて信じてるって事が」
俺は、正直に感じたことを口にした。
いつもこいつは、何も信じないような目をしてる。
俺たちが示す感情すら、そのおだやかな表情で誤魔化してるように。
「龍山先生があのとき俺を連れていかなかったら、劉の一族と同じ運命を辿ってた。宿星がなければ、京一たちに会うことがなかった。俺が感謝する理由が解るだろ?」
奴は、少し寂しげだがほっとした表情で、言葉を続けた。
「なんでみんなの身近にあるものが、俺の手にだけ入らなかったか。
俺はここに来るまで、そればっかり考えていた」そうか、稜が言ってることが少し解ってきた。
こいつにとって、宿星というのは『縁』以外ではないことに。
俺たちに親しくしているように見せて、実は微妙な距離をとってた理由も。
稜があの話で感謝したのは、自分が生きていて、そこにいて良い理由だったんだ。「頭痛がしてきたぜ…」
俺は、奴に聞こえないように呟いて頭を押さえた。
俺の周りは、何で<<力>>があるのか悩む奴が多い。
親友である醍醐しかり、ここまでやってきた仲間である美里もそうだ。
俺なんかは、<<力>>はあるにこしたことはないと思っているが。
多分、意味があるのだろうが。大体、意味があろうがなかろうが、俺達の出来る範囲は、たかが知れている。
助けられるものには限りがあるのだ。
だから、出来る範囲でやっていけばいいはずなのに。
何を難しく考える必要がある?
俺には全く理解できない。
俺達が今ここにいて、敵はすぐ側まで来ている。
これは、確かだろう。
が、俺は師匠達と違って世界の平和なんか願ってない。
俺は、稜と一緒にいる奴等を護りたいだけだ。多分、こいつは言葉なんかの存在など信じない。
だからいつも奴は、そう言うことを態度に出してきた。
だったら、俺が出来ることは、今から言うことを実現すればいい。「稜…抜け駆けなんかするんじゃねぇぞ」
大きく息を吸い込んだ後、奴の横顔を見ながら俺は釘を刺した。
「俺は、師匠から何も聞いちゃいねぇ。師匠のように、てめぇの身勝手であいつらを封じ込もうと思っても無駄だからな」
「…」
「九角の時も言ったと思うが、お前は俺の背中を唯一預けられる奴だからな。地獄の鬼退治までつき合って貰うぜ」
「…」
「…おい、稜!聞いてんのかよ」
いきなり黙り込んだ奴にいらだって、奴の顔をのぞき込んだ。
照れくさそうな、それでいて困ったような表情だ。
「…京一。俺が感謝してる理由ってもう一つあるんだが…」
「なんだ。俺に惚れてるって言うのはなしだからな。俺にはそう言う趣味はない」
これ以上暗くなると困るので、とりあえず冗談を言ってみる。
奴はさらに困った顔をした後、目をそらした。
意識だけはこちらを向けて。
「…そう言う意味じゃなくて…俺達、父さん達が命がけで封じ込めた奴と闘うんだよな」
「ああ」
「腕が鳴らないか?」
「へ?」
「こういうのは、不謹慎だと解ってはいるんだが…一生使えない筈の技が使えるって…そう考えると、この宿星を持ったことに感謝したくなる」
「そりゃ、俺もそうだけどよ…これは、みんなには言わない方がいいと思うぜ」
奴の言動を珍しく俺の方がいさめたが、確かに思う存分力が使えるのなら、普段なら絶対信じないはずの運命にも、感謝したくはなる。
多分、奴はまた俺を気遣って話題を逸らしてくれたんだろう。
それなら、その気遣いに乗らざるを得ない。
「安心しろよ。お前がつっぱしんない限り、俺達が勝つんだからな。ほら稜、早くしねぇと美里達がまた余計な心配するぜ」
自分が言った台詞なのに、妙に恥ずかしくなって、奴の頭をはたくと美里達に合流すべく歩調を早める。
後ろの方から、あわてたように追いついてくる気配がした。