Tehuan

「我はちから…我は流…汝、我との共存を望むか?"人"は我との共存を望むか?」  小さいが、頭に直接響いてくる声。これが、先ほどまで相対した黄龍だろうか?だが、先ほどまであった禍々しい邪気は無く、心地よい清気になっている。
「黄龍か?」
「しかり…汝、我との共存を望むか?"人"は我との共存を望むか?」
 同じ問を繰り返される。俺との共存は解るとはいえ、ここにいる全員の総意を俺に答えろと?
「共存とは何ぞ、地を削り、水を汚し、風を消す民と共存すると?」
 わざと古めかしい言い方をしておく。
「しかり…いつかは陵は水に削られ、汚れは浄化し、風によって滅ぼされる。我らの共存無しに"人"は立てぬ」
「ならば問う。我と共存して何を得る?」
 確かに、俺達は黄龍の影響を受けて、その力を受け継ぎ柳生の奴を封じ込めた。
 だが、俺達と共存したからといって、黄龍の役に立つとは思わない。
考え込んだって、その答えは否だ。
「我らの力適時に使うこと…我は欲する」
 何だって?
「ちょ、ちょっと待てよ。あんたらの力自分らでは使えないのか?」
 びっくりするようなことを言われて、さっきまでのかしこまった口調は見事に崩れる。
「しかり…今まで荒れていたは、我らの力制するもの無きため」
 …と言うことは、支配者が今まで黄龍の力を利用してたから、支配できてたんじゃなくて、逆と言うことか?

 …わからねぇ。
 こういう事は、美里や醍醐の奴の方が解るだろう。責任感も強いし、俺何かより数段うまい判断をしてくれるだろうし…
「汝は我と共存するのか?」
 仕方がねぇ。このままじゃ堂々巡りだ。
「…解った。ただし条件がある」
 腹をくくって、奴に答える。
「俺に出来ることはやっておく。だが、人に害することはやるわけにはいかねぇ。俺は人を支配する柄じゃねぇし、そう言う時代でもない。後は…俺の周りの奴等を護ってやってくれ」
 最近、考えがまとまったことを条件に出した。
 そもそもこの情報化の時代に世の中を支配するなんて考えられないし…何より面倒だ。

 もう一つの条件は、この一年で身にしみたこと。
 俺のことで、他の奴等を巻き込むことを避けたい。これから先、何があるか解らない。俺の手の届かないことかも知れない。だから、助力を先に申し込んでおきたかった。

「…承知した。ならば、汝が名を我に告げるが良い」
 そんな俺の気持ちをしってか知らずか、黄龍の方は、了承の意を告げる。
「杉倉 秋将」
「秋将か…我の力が必要ならば呼ぶといい…我らが力、汝と…"人"と共にあり」
 そう言ったきり、黄龍の気配が消え、あたりが少しずつ明るくなる。
 契約は済んだ。それを証明するのは、声と同時に手首に付いた傷だけだった。

「…秋将?」
 完全に明るくなった後、目の前に心配そうな美里の顔があった。
 後から聞いてみると、黄龍が消えたと思ったら、俺がぶっ倒れてしまったという。
 他の奴等が病院に運ぼうと言っている中で、美里だけは大丈夫と言って、俺が気が付くまでずっと付いていてくれたらしい。
 勿論、美里も心配だったらしく、ずっと回復の呪を唱えてくれていたらしいし、俺の右手をずっと握っていた…
 と、俺が全てを聞いたのは、桜ヶ丘の病院にたたき込まれてから後のことだった。



「秋将?まだ帰らないの?」
 今日も穏やかな顔で美里が聞いてくる。
 あの騒ぎから2ヶ月後、生徒会もなくなって早く帰れるからと言って、いろいろ調べ物がある俺に付き添ってくれる。
 基本的に、調べ物とか言う細々したものは、俺の性に合わないのだが、ぶっ倒れたときにあったことを他の奴に言ったら、強制的にそう言うことを押しつけられたのだ。
 大体中心は、如月と御門の奴だったが。
 美里も受験も無事終了し、気分転換と称して俺の解らないところを手伝ってくれる。さすがに元々文学に興味を示していたし、ここ一年間の影響で、歴史関係にもかなり精通してきているので、非常に助かっている。

 それよりも、俺と一緒にいることが嬉しいのだと、この間本人から聞いた。
 元々俺には風来坊的な処があるし、卒業した後のことなんかもあんまり話したことがない。
 一応、理系の大学に決まってはいるし、夜は夜で師匠の跡を継ぐべく専門学校にも行かなくてはいけない。
 かなりハードな生活になるが、まぁそれも仕方がない。
 それを言ったとき、美里は「貴方らしい」と嬉しそうに言って、以前よりも積極的に俺に声を掛けるようになってきている。
 俺としても、転校早々から事件に巻き込まれてしまってる関係で、こんなゆっくり話す機会なんか無かったから、こんな状態は嬉しいに決まっている。

 柳生の一件が終わって、今のところは何もない。
 これが普通の生活と言われれば、それまでだが。彼女の宿星が消えたわけではない。  菩薩眼…覇者の傍らで、世の中に慈悲を与え続けるもの。
 これが本当なら、俺の側にいてくれるって事になるが、そんなことで縛りたくないと言うのが、本当のところである。

「なぁ美里」
 意味もなく呼びかけてみる。
「なに?」
 美里がにこやかに返してくれるのが嬉しくて。

 縛り付けたくないと思いつつ、いつまでもこうしていたいとは思っている。
 卒業したら、それが叶わなくなるのを解っていながら。
「ごめんな」
 謝ってみる。美里が困った顔をするのを承知で。
「俺…やっぱり好きみたいだ。側にいてくれると嬉しいや」
 手元に触れる髪をすくいながら、覗き込む。
「それって謝ることなの?」
 困り切った表情で、尋ねてくる。この一年で、ずいぶん美里も変わったと思う。当たり障りのない表情をしていた彼女が、今では自然に接してくれる。
「…わからねぇ。とりあえず、これから先、迷惑かけっかも知れないから」
「…」
 そう言うと、ちょっと思案したかと思うと、何かいたずらを考えたような表情になる。
「それなら、これからもよろしくって言うんじゃないの?」
「それって年始の挨拶みたいじゃないか?」

 反論しながら、横を歩く美里に視線をやる。菩薩眼でも、俺が黄龍でも何でもいいやという気になってくる。
 自分でも現金だと思うけれども、とりあえず、俺と美里はお互いの意志で隣にいる。これからどんなトラブルがあっても、側にいられればいいだけのことだ。
 そこまで考えたら、さっきまで考えていたことが、どうでも良くなっていく。そのかわり、この一言だけは、伝えなければいけない。
「…それじゃ、これから先、一生よろしくな」
 そうにこやかに言ったら、美里が顔を真っ赤にして立ち止まってしまった。それを覗き込むように、顔を近づけた。


つぶやき
 えーと。再録ものです(^^;
 RJN-Netの配本の内の一冊[Otgon Tenger]より。最終戦以降の主人公・葵が書きたくて衝動的に書いたものです。
 何とかまとまったものの…やっぱり葵の姫様とくっつけるには、少しぐらい押しの強い主人公が必要だなと思った話です(笑)