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樹響-じゅきょう-

 祝福とは言えない言葉を受けて、約束の場所に向かった。
 何しろ、戦いが終わった後に抜け出してきたのだから。

 これから先は、彼ら大人達が全てやってくれるだろうし、[紋章を持つ英雄]はもうここには必要がない。
 だから、僕はそのまま北を目指す事に決めた。
 あそこでなら、僕と彼はただの幼なじみとして会えるはずだ。
 彼は約束を違える人ではないし、彼を縛っていた国の名も主も既に崩れ去っているから。

 光に包まれ、そしてその光が消える。目の前に広がった光景は、初めて見たときより、いや先ほどよりも澄んで穏やかに見える。
 何かが変わった。止まっていた歯車が回ったのかも知れない。
「…全て終わったのかな?」
 僕がそう言うと、彼は苦笑した。
 つい数分前まで、死にそうなくらい辛そうな顔をして向き合った顔が、今では昔見慣れた穏やかな表情に戻っている。
 僕が今まで見たくて仕方がなかったその笑顔を、今は僕だけに向けてくれている。

「終わったよ…とりあえずの戦はね。大切なものを失ってしまったけど」
「探しに行かない?」
 暗くなってしまった彼の顔を見ないで、僕はつぶやいた。

 ナナミ。僕の姉さん、そして彼の幼なじみ。
 ロックアックス城で僕等を庇い、僕の腕の中で僕等のことだけを案じ、僕等とあったことだけを感謝していった人。

 だけど、その最期には立ち会えなかった。あの広い場内をいくら探しても、彼女が居なくなったことを示しているのは、名前のかすれてしまった石版だけ。
 墓の名前を一つ一つ確認したり、普段全く立ち寄らない場所までいくら探していても、ナナミの存在すら証明できるものはなかった。

 僕はいつからか確信していた。ナナミは生きていると。

 怪我をしているナナミは、見ている僕の方が涙が止まらなかった。苦しい息の下で感謝の言葉をつぶやく彼女の姿勢を楽にし、頷くことしかできなかった。

 だけど、ナナミの死を知らされたときに、僕は涙の一つも出なかった。悲しむ仲間達が心配で、気が付いたら走り回っていたような気がする。
 その直前の将軍の死には、あれほど悲しんだのに。
 ただ…エイダの言葉は、僕の心に響いたけど。

「…セイルは信じてるのかい?」
「僕のは確信だよ。たとえジョウイが嫌がっても、一人ででも行こうと思ってる」
 そんな僕の言葉に、岩の陰に置いてあった荷物を取り出すと、ジョウイは背に負う。
「なら、早く行こうか。僕がいない間の彼女の話も聞きたいし」
「あ、ちょっと待って…」
 既に山を下り掛けたジョウイを呼び止めて、約束の岩に向かい合う。
 腰に差している短刀を一閃させて、岩にもう一つ傷を付けた。
「これで良し!」
 今までの二本の線に重なるようにもう一本の線。それを指でなぞりながら確認する。

「これは?」
 不思議そうに、ジョウイが覗き込む。
「今度は、ナナミもここに戻ってこられるように。新しい旅を始めるんだから」
「…そうか。又ここに戻ってこれるようにしよう」
「その時には、もっとこの国は良くなってるよ」
 僕が笑う。つられるようにジョウイも笑う。
 僕等はきっとナナミのためなら、どんなことでも出来るんだろう。きっとすぐに見つけて、今度こそ三人でこの世界を見て回るんだ。

 そこまで考えて、送り出してくれたビクトールとの会話を思い出した。
「お前の帰る家があることを忘れないでくれよ」
 そう少し心配そうに言った彼に、僕はなんと答えただろうか?

 

 …ああ、確かこう言ったはずだ。
「もう、この国自体が僕の家だよ。こんなに多くの家族を持ってる奴って僕だけね、きっと」
 いつかは帰ってくるよ。今度は三人で。

 

 とりあえずは、山を下りよう。
 キャロに行って、じいちゃんにナナミの話をしよう。
 そこからは…

 


 思いっきりネタバレですな…これは(笑)
 エンディングの勢いを借りて書きました(笑)
 しかし…見事なお姉ちゃん子の主人公だなぁ(苦笑)まだまだ幼いんだから、こういう面があっても良いかなと。と言うより、幼なじみと久しぶりに会うと、その時の年代まで戻るような気がします。
 皇王と一つの国の指導者だったとは思えませんが、私はこの方が好きです。
 その他のことは、全部作中に書きました(笑)
 タイトルの樹響は梢を吹き渡る風の音のことです。
今までいろんな事があって、全てを駆け抜けてしまった彼ら。久しぶりに、立ち止まってそう言う音があることを気づいてくれるでしょう。忘れていってしまったものを少しずつ取り戻してね。

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