流涕

「千歌音…」
小さな声が祠に響いた
「姫子さま…」
私の声は届いているだろうか?
時々聞こえるその声に 聞こえるたびに呼び返す。

「千歌音…」
昼も夜も 過ぎた刻も数えてないのに
その声は誰に話しかけるもなく 誰の声を待つのでもなく
小さな祠に響いてくる。
独り言なのか 私が聞いているのを知っているのか
それすら知るすべはない。
「姫子さま…」
ご無事でいるのだろうか? 一人で寂しくないのだろうか?
つらい思いをされているのではないだろうか?
私が刺したあの傷は痛んでいないだろうか?

「姫子さま、姫子さま…」
お会いしたい。
やはりあの社に残るのは、自分だったんだ。
手のひらに残る剣の感覚が 血の感覚がいまだ離れない。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
あの時きちんと話せば あの人をあちらに残してはしなかったのに。
何も気がつかず あの人の優しい嘘にも気が付かなかった自分の罪だ。

「ごめんなさい…」
数え切れないだけの謝罪の言葉は 社には多分届かない。
だから今日も 名前だけを繰り返す。
いつかこの社に 響く声がなくなるまで

貴女が社から 解放されるまで
たとえ私の体が朽ち 魂が散じてしまっても
この声だけは残しておこう

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