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Hardwar


もう随分と探していたんです。
あきらめた その資格はない 破滅を待っている。そう言いながら。
初めに見たのは とても寒い東の地
夢さえも見れなかったあの日々で 本の間に隠れていた宝の地図
いろんなものを手に入れて その全てを失って
全部を自分の罪だと 思いこみ
世界中を放浪してた 許されぬものとして
それでも 自分は探していたことに 最近になって気が付きました。
地図はとうの昔に無くしてしまって 記憶の中でしかなくて
あきらめ 忘れかけていたのに またこんなところで見つけるなんて


 正直言って、頭を抱えてしまった。
 ロシアを追われたときに、きっぱりあきらめていたはずのに。
 こういうものに、未練を持っていたとは。
 目の前には大きな厚い本。これを見つけた途端衝動的に行動を開始してしまった。
 表紙には[古地図]とだけ大きな箔押し。
 これを読むために、両脇には辞書の数々。
 それを運ぶのに一生懸命で、トレードマークの黒いコートは隣の椅子にかけて、長袖のブラウスは袖まくり。
 こんなに陽気が良い日には、書庫になんか寄るメンバーもいないから、このままでも良いけれど。
 こんな光景を見られて、私が何を探しているか聞かれたら、なんと答えようか。
 知的好奇心?ただの調べものにここまでしないのは、みんなに知られているから、その言い訳は通用しないだろうし……
 道楽?紅蘭あたりならその言い訳も通用するだろうけれども、いつも実用にしか利用しない私が言っても……言い逃れは出来ないだろうし。
 ああ、もうどうでもいい。由里のうわさ話にならなければ、それで済む。見つかったら見つかったで、その時に言い訳をすることにしよう。
 とりあえず久しぶりに見るその地図を、記憶の中のものを頼りに探し出そう。難しそうな文字がならんでいたはずだ。

 まずは記憶の中の地図を、紙に書いてみる。
 確か地図自体は円の中に描かれていて、Tの字型に水の境界。大陸はそれによってみっつに分けられていたはず。
 まんなかに聖なる都のエルサレム。ここは大きく丸で囲まれていた。
 そして、東の端がその目指す先。

 思い起こせるかぎりを紙に書き、一度本の中の地図と見比べてみる。
 ……よし、大体あってる。
 もう十年前の記憶の正しさに苦笑する。そう言えば、この能力を革命軍に売りこんだんだっけ。
 戦争が生業だった人たちの仲間にいれば、各地に行くことが出来る。そうすれば、いつか探している地にたどり着ける。
 そう思って記憶力の良さと文字が読めること、地図の見方も身につけていることなどを売り込んで、隊長がどう思ったかは解らないが、その願いは聞き遂げられた。
 あの当時に文字が読める自体、珍しいことだったのだから。
 考えてみれば、これほど無謀なことはない。年端もいかない子供があの場所にいて、よく無事でいられたものだ。
 記憶と異なる部分を写そうと紙を見ていて、ふと昔住んでいたロシアの大地を書き入れる気になった。
 それほど大きくない紙の向きを変えてみる。この地図は東が上なのだから、自分が慣れ親しんでいる北が上になるように動かしてから、生まれた街、育った村の名前などを書き入れていく。

「マリア……ここにいたんだ。君だと気づかなかったよ」
 いつの間にか夢中になっていたようで、びっくりしたような声で初めて人が近づいたことに気が付いた。走らせていたペンを止めて、頭上にある影の主を確かめる。
「……隊長?」
 いけない、一番見つかりたくない人に見つかってしまった。
 一番大きな本は、大切な本なので乱暴に扱うわけには行かない。開いていた辞書を瞬間的に閉じ、地図の本に被さるようにして、彼の視線からその絵を隠す。そうしてから顔だけこちらを見ている隊長に向け、上目遣いに見上げる。
 確かこの時間帯は事務局の仕事のはずだ。精一杯の笑顔で誤魔化すように聞いてみる。
「用事の方は終わったんですか?」
「それがね。後一つだけ残ってるんだけど、抜け出してきたんだ」
 苦笑をする隊長を軽くにらみつけると、少しまじめな顔で苦言をする。
 ちょっときつく言えば、任務に対して厳しい私が言うことならと少し寂しそうな顔をしながら仕事場に向かうはずだ。
 その向けた背中にページをめくって「手伝いましょうか?」言葉を書ければ、この場はうまく収まるはずだ。
 頭の中で即座に計算をしながら口を開こうとした途端、興味深げな目をした隊長が、被さっていた私の身体を軽く押し本を引き抜く。
「隊長!」
 静止するのも止まらず、顔が赤くなるのを感じながら、面白そうにその本を見入ってる隊長を見上げた。
「聖書かな?」
「ええ、聖書の通りに書いた世界地図です」
 悪戯がばれてしまったようにばつが悪い気分がして、正直に隊長に伝える。最終目的はばれていないので、どう言い訳をしたものかと考えてみるが、その前に楽しそうな隊長の声が聞こえてくる。
「ちょっと待ってくれよな。今の地図を持ってきてあげるから」
 どうやら、隊長は別の意味でこの地図に興味を持ったらしい。昔の人の世界観と今の世界とどう違うのか比べるつもりか、私にこのままいるように言って、書庫を後にしていった。

「エルサレムは……こんなに遠いんですね……」
 隊長が自分のお古だと言いながら、持ってきてくれた一枚紙の世界地図を広げて、その複雑な地形と先ほどから見比べていた、古い地図との共通点を探してため息をついた。
 この大きな地図では、自分の故郷すら調べることが出来ない。かろうじて、生まれたという土地は見ることが出来るが、実感のない土地の名前には、懐かしいという感情は起こらなかった。
「これだと、ちょうどこのあたりですよね」
 そういってインドのあたりを指さす。隊長も頷いている。
 ここならシベリアから南に抜け、たどり着くことが出来るかも知れない。以前も東西の出入りは厳しかったが、シベリアの村々まで手が回ることは少ないはずだ。
 そこまで考えて、そのルートを無意識に指でなぞっていく。とんでもなく長い距離でとてつもなく危険なルートだが、一つの答えを貰ったようなうれしさでどうでも良いような気がしてくる。
「でもね、実は面白いことがあるんだ。聖なる都は他にもあるんだよ」
 そんな私を見て意地悪そうな笑いを込めながら、隊長が地図のいくつかに丸を書いていく。
「何だか解るかい?マリア」
 その丸が書かれた場所をなぞりながら、共通点を私に探させようとする。
 宗教的な共通点?
 いいやこの場所は全て違う宗教だし、特に聖なるとされている場所ではない。
 答えが見つからず、降参とばかりに小さく首を振る。
「今丸をつけたところは、全て同じ名前が付いてるんだよ。勿論その土地の名前は違うけど、西洋人が勝手につけていったんだ」
「それがエルサレム?」
 その答えに満足そうに隊長が頷く。多分隊長がこれだけすっとその話を持ってきたと言うことは、かなり有名な話なのだろう。
「そう。大航海時代から西洋の人たちが世界中を旅して、その土地の名前を知らずにつけてしまったみたいなんだよね」
 彼らにとって希望の地。長い間海原を彷徨ってやっとたどり着いた地を、約束の地だと感じても不思議ではない。私がこの地図を見てから今まで心のどこかで探していたように。
「マリアは、楽園にたどり着けると思うかい?」
 真剣に眺めていたらしい私に、隊長がかけたその言葉にどきんとする。
 それに対して小さく首を横に振った。罪を重ねて天を恨み、それよりも生まれ落ちたときから、守護を外れたものに見つけられるはずがない。
 一生見つけられるはずもない探求を続けること。そうすれば何か一つの贖罪になるかも知れない。隊長から視線を背け、本をたぐるために外した脇の緋色の手袋に目をやった途端、そういう結論がでる。

「まだ解らない?」
 にこにこと言う隊長の話が見えない。答えを返しかねてただ隊長の顔を見つめ直す。
「ずっとみんなが探していたところに、俺達はいることが出来るんだから」
「探してるって??」
 まだ理解できない私を面白そうに眺めながら、地図の一点を隊長が指さす……東の外れの位置を。
「まさか……そんなことが……」
 信じられない。思わずそれだけ漏らして手で自分の口を被った。気を抜いてしまえば、何を言うか解らないほど隊長の言うことに動揺したから。
 だけど、隊長が言うことが全く嘘ではないことも、以前母から聞いたことがある。カトリックを信じているロシアの人たちが、楽園を目指して日本まで来たことがあると聞いたことが…確かにある。
「ここはミカエルの愛し、護った場所だよ……辛い思いもしたけれど、それはここにいるための条件だろうからね」
 確かにそうだ。あやめさんがここを作って護って、私たちを連れてきてくれた。そこに集う人のために一生懸命頑張ってきたのだ。
 いつの間にか涙が止まらなくなった私の隣に隊長が近づき、ゆっくりと抱きしめてくれる。
「そうだ。残ってる仕事はね、君に辞令だよ」
 抱きしめたままそういって、命令書の内容を聞かせてくれた。隊長を同行者としてロシアへ行くこと。
「俺は、一応お目付役かな?君がここへ戻ってくるようにね」
 隊長はそう照れくさそうに言って、私が隊長の表情を見上げられないように少し強めに抱きしめた。

 

END.

■今となっての戯言
 若いっすね(笑)
 でも中学生だったと思います。この地図をはじめて見たのは。
 当時はキリスト教に対して思いっきり喧嘩を売っていた時期だったので、この地図も大分斜めに見ていた覚えがあります。
 でもやはり印象に残っていて、すんなりサクラの1のラストあたりでパーツがはまったというかなんと言うか。
 一つ消化すればまたひとつというので、人の想像力の限界のなさに面白さを感じます。

■当時のコメントは以下の通り
Hardwar
 東の果てにあるエデンの園。それが書かれている地図を見つけたのは、もう随分前になります。
 それを今の時代に探そうとするのは、おろかなのかも知れませんが、この地図を片手に探した人はいると思うのです。
 中原がサクラ関係のSSを書き始めた頃のプロットで、これを書くときは止めるときなのだろうと考えていました。今回一つの区切りとして書いておりました。勿論、その予定はないのですが(^^;
 昔に見た地図の記憶を便りに書いてみました。やはり記憶はあやふやで、確認した後に見事に書き直しとなりました(^^;
 ロシアで旧教信仰する人たちの一部が、日本を初めとする地を夢見ていたという史実もありまして、わくわくしながら資料を探しておりました。  あやめさん=ミカエルと帝劇との関係は自分なりに一つの結論をつたないながらも出せたのかなと思います。
 そう言うわけで、大切な作品の一つです。

1999.7.29発表

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