Finis
「俺達はどこへ行けばいい!」
民衆達の声が上がる。
「指導してくれるものが欲しいか?」
隊長の声が響く。間髪を入れずに同意の声が周囲から返ってきた。
「監獄だ!そこにわれらの指導者達がいる!」
隊長がそう叫び、それに歓喜の声で民衆の声が答える。
何度か繰り返される問答。一声ごとにその場の空気が熱くなっていく。
銃を抱え、彼らに取り囲まれる隊長達の姿を見失わないように、敵の姿を探しながら行進を見守った。
風花がまだちらつく日々だったが、今までと違う空気を感じていた。
長い年月を掛けた革命が、終わりを告げようとしていた。
首都近くにたどり着いた私たちを迎えたのは、同志からのニュース。
首都で、労働者達のストライキから発する一連の騒動。それに対する軍部の動揺。確かに全てが変わりつつあった。
隊長からそのことを聞いても、実際の処うれしさよりも半信半疑だった。
三百年も続いていた体制がそう簡単に終わるものなのだろうか?あれだけ私たちを苦しめた者達がこれほどあっさりと壊れるものなのだろうか?
「浮かない顔だな」
「ええ…これだけあっさり壊されるなんて」
感無量の表情を隠しきれない隊長と裏腹に不安が隠しきれない。
「力によって支配するものは、その力で排除されるものさ。どこに行ってもそれは変わりがない事実だ」
「そうなんですか?」
「ああ、民衆を押さえつけるというのは、力でしかできないことだ。それは歴史が証明している」
自分たちも銃を取っているのに言えない台詞だなと苦笑しながら、それでも嬉しそうな感じで自分の装備の点検を進めていく。
「もう少しで革命は成功する。そうしたらアメリカだぞ」
「祖国を捨てても良いくらい良い国なのですか?」
「…解らないな。もしかしたら、ここよりも悪いかも知れない」
正直なところを口にする。昔からそうだが、この人は悪いことも口にする方だ。口にすることで、私たちに判断させるようにしている。
なにかこの人は考えていることがある。そうでなければ、こんな時にこういう事は言わない。それを知るべく、問を重ねた。
「なら、どうしてアメリカへ?」
「ん…ある意味は俺の我が儘だな。この熱狂的な雰囲気から逃れて冷静に俺達のやったことを判断したい。それにだな、ここにマリアを置いておくのはもったいない気がするんだ」
そう言って、少ないながら外国からわたってくる情報で、いろいろと私に対しての夢を語ってくれる。アメリカに行って、高度な学問を学んで…いつの日かまたロシアへ戻って、自分たちよりもっといい政治をやって貰いたい。
そう願っていると言ってくれた。その為に一度全てを捨てようと。
そこまで言って慌てて、お前はそんなことは忘れて一からやり直すことだけを考えていろと取り繕う。そう言う夢があるのだけれど、私の人生は私が決めるべきだという言葉も付け加えて。
その言葉で、今まで私が持っていた不安は解消される。アメリカに行くという言葉は、逃げ出す為じゃなかったと。
「隊長…その時には、隊長も側にいてくれますか?」
「ああ、お前と一緒なら、もっといい国に出来る。だから、この闘い生き延びよう…生きてアメリカにいこうな」
こう言うときの隊長は、本当に純粋な目をしている。いつしか他の人の前では、見せなくなってしまった夢を語るときの目。
今まででも私の知らないこと、知らない世界をいろいろ教えてくれた隊長。その隊長が自分を必要としてくれるなら、どこまででも付いていこう。この人のために生きていこう。最近はそう思うようになってきた。
「さて…明日は首都です。朝も早いですから、そろそろ休みましょう」
睡眠不足は判断ミスを招きやすい。名残惜しかったが、そう言って隊長の横から立ち上がる。
「そうだな…決戦と言うところだからな」
隊長も磨いていた銃から手を離し、立ち上がる。
その銃を見て、出来れば使いたくないと思った。
ここまで来てしまってはきれい事かも知れないが、人々が多く住んでいる街。これからも多くの人が住み続けるであろう街を血で汚したくはなかった。
「マリア。明日だけは…明日だけは冷静になれよ。お前だけは冷静に全部を見届けるんだ。良いな」
隊長はそれだけ言って、私の返答も聞かずに自室に引き上げてしまった。
私は、その言葉に多少の疑問を持ってはいたが、隊長自身が渦中の人なのだから、私に客観的な意見を求めるのだろうと解釈して、あえてその真意を隊長の自室まで問いに行くことはしなかった。
全ては、明日さえ終われば、全ては終わるのだから。
首都に入った私たちが見たものは、想像が出来ないものだった。
待ちかまえているはずの守備役の連隊がおらず、代わりに民衆達の歓喜の声で迎えられた。
走り寄ってきた人たちの話を聞くと、潜伏していた仲間達によって、主要な駅が押さえられたという。
正直嬉しくなった。このまま行けば、銃を使わずに血を流さずに全てを終えることが出来るかも知れない。
視線の先にいる隊長は、ここにいる全ての希望という風にも見えてくる。
それは、興奮をした周りを取り囲む人たちもそう思っているようで、誇らしくなってくる。これが私の隊長なのだと。
「解放軍の方々ですか!」
走り寄ってきたのは、一人の連隊制服を着た人物だった。
とっさに銃を構える。隊長の方は何かを感じたらしく、私の方に静止するように指示を出した。
「ああ、その通りだが…貴官は?」
「我らはこの首都の守備を任されていた連隊のものです!本日六時、我々は自らの意志によって民衆の側に付くことを決議しました。承認を得られ次第、合流いたします!我らなら首都の全ての防御線などを知っております!」
直立不動の体勢で答える伝令に、周りに一瞬走った殺気は消えて、またも大きな歓声が上がった。
「了解した。我ら革命軍は、貴官ら同志の合流を心から歓迎する」
隊長が満身の笑みで、その意を伝える。
既にこの場は興奮しかない。
私はその光景を見ながら、その雰囲気に合流できない自分を少し疎ましく思えた。
平和的に解決していく中で、自分一人だけが力によってこの革命を成立させようとしている。
そんな後ろめたさが、一瞬私の判断を鈍らせた。
合流してくる元連隊の背後に、彼らと同じ制服だが、全く違う意志を持っているであろう人物達が現れる。
ゆっくりと指揮官らしきものが手を挙げ、兵がこちらに銃を向けるのが確かに見えた。
何故か近くに見えるその人達の表情に、先ほどまで味方であった者達を背後から襲うことに躊躇の色が見えた私は…撃たないであろうと判断した。
念のため銃を構えるが、合流してくる同志達のためにねらい打つことが出来ない。
このまま、あの迷いを見せている兵達が私たちに合流してくれないか。
そんな甘い願いを持った。
だが、そんな甘い判断を無視するかのように、指揮官の腕はおろされ、銃口は火を噴いた。
合流するはずの同志の身体を通り抜け、こちらの方に砲撃が降ってくる。
まるで悪夢を見ているかのようで、再度指揮官を狙おうと目を凝らす。
何人も何人も倒れているのに、今度はパニックに陥った民衆が、自分と敵の指揮官の間を遮る。
今なら、一撃で全ての惨劇は終わるのに!そう叫びたかった。
だけど、自分たちを頼ってくれた人たちを撃つわけには…そんな葛藤の間に、一人また一人と雪に赤い色を落としながら、倒れていく。
その光景に反撃することをあきらめ、死角になる私の方に隊長を呼び寄せようと隊長の方を向いた瞬間…隊長の身体を突き抜けていくものを見た。
そしてゆっくりと倒れていく隊長に、反射的に駆け寄っていく。
「隊長!」
「マリアか…大丈夫だ…」
私の叫び声に弱々しくだが、隊長が答える。
もう無理だ。この人の命運はもう尽きている。それを隊長は自分でも解ってる。そう感じた。
隊長が、震える手で腕に巻いていた布を外し、私に渡そうと手を伸ばす。
引きつげというのだろうか?この私に…
「解りました…誰か!隊長を安全な場所へ!」
はっきりと彼に告げ布を受け取ると、リーダーが倒されたことで、静かになってしまった人たちに響くような声で指示をする。
今ならまだこの一言で、リーダーが失われた事は解らないはずだ。
まだ、砲撃は止まっていない。
立つことで的になることくらい普段の私ならすぐに判断している…が、止まらなかった。
立ち上がって、指揮官がいるであろう方向に銃を構える。
私の様子に標的の方向にいる人たちは、避けるように伏せた。
ゆっくりとトリガーを引き、一陣の風と共に敵を撃ち倒した。
その時はよくわからなかったが、それが後に私の運命を変えることになる能力の解放だった。
その光景を見て敵と味方、全てが静寂に包まれる。
先ほどまで隊長の腕にあったその布を、手に握りしめて腕を上げる。
そして、ゆっくりと敵であろう者達に向けて、言葉を口にした。
「殺したければ、殺せばいい」
一言一言、ゆっくりと言葉にしていく。持っていた銃を下に落とし、相手に一歩一歩近づいた。
その相手は、呆然とこちらをみるだけで、銃を構えたままでいる。
「だけど、見てるがいい。この布は最後の一人まで受け継がれる。最後の一人が絶対に、あなた達の大切なものを討ち滅ぼす!」
そう叫んで後ろを振り向くと、私に向けて先ほどまで隊長に見せていたあの熱狂的な感じを向けてくれる人たちがいた。
「そうだ!もう俺達はツァーリの支配は受けない!」
「今度はあんたが指揮を執ってくれ!あの人があんたに譲ったなら、あんたを信じる!」
その声に、以前隊長が漏らしていた不安を感じた。自分の一言で大勢の味方の命を奪ってしまう重圧感を。
だが、ここで止まって裏切る事もできないことも解っていた。
一呼吸おいて、もう一度声を張り上げる。
「我々の未来を閉じこめた監獄の扉を開けよう!」
歓声と同時に、何人かの男達が私の周りを取り巻いた。
「嬢ちゃん、感心したぜ。どんなことがあっても監獄まで送り届けてやるからな!」
「…お願いします。隊長の分まで…」
その後は声にならなかった。下を向いて涙をこらえる。
「お、おい…指揮官がそんなことでどうする!泣くのは、全てが終わった後だろ?堂々としていてくれよ」
慌てて周りから降ってくる声に、涙を拭って前を向いた。
とにかく監獄に捕らわれている指導者達に、彼らを届けなくてはいけない。
全てを振り返るのは、それからだ。
そう、自分の罪を悔いるのは、それからにしよう。
そう決めて次々に入ってくる情報を冷静に処理しながら、目的地への道のりを急いだ。
監獄に至る道は、さして障害はなかった。
先ほどの連隊からも、指揮官を倒されたことにより革命軍に加わるものも出て、ますます共に歩く人間が増えていく。
他の区域から監獄を目指していた人たちも合流し、門にたどり着いたときには、信じられないような人数にまで膨れ上がっていた。
何人かの手練れの隊員に監獄解放の指揮を頼むと、門の内側に寄りかかる。
あの中では銃は使えないし、私のような小さな人間が行ったら、それこそ混乱する。ならば、人に任せた方がいい。
まだ革命は終わったわけではない。そう声に出しながら、黒い煙の上がる牢獄を遠くに見ていた。
その煙に歓声が上がるのとほぼ同時に、視界の先の牢獄の扉から何人かの人間に、抱きかかえられるように出てくる人たちが見えた。
その人達が私たちが解放したかった、この長い革命の間に捕らわれてしまった指導者達だった。
長い投獄生活ではあったが、元々は誇り高い貴族であった彼らは、その疲れをプライドと革命がなったという喜びに満ちあふれていた。
「前任者が倒れたため、任務を引き継ぎました!革命軍の指揮権をお返しいたします!」
彼らの側まで駆け寄って、声をかける。相手はまさか私のような幼いものが、指揮を執っているとは思わなかったのであろう。呆然とした感じがあったが、すぐに状況を理解してくれた。
「状況は解った。それでは、君はどうするんだ?」
「はい!まだあちこちで砲撃が続いているようですから、そちらの方の支援に向かいます!」
礼を失しないように報告を終え、すぐにこの場から立ち去ろうと背中を向けると彼らから声をかけられる。
「軍勢よりも、民衆が暴走しないように導いてやってくれ」
意味は分からなかったが頷いて、町の中心部の方に向かって走り出した。
「…酷い」
先ほど監獄であった人たちの助言の意味が分かったのは、それから数分も経たない後だった。
街のあちこちが荒れ果て、商店は便乗した者達に略奪され、空を見上げると国の主要な機関であったであろう処から、煙が上がっている。
今まで抑圧されていた力が暴発したのだ。暴徒と化した者達の暴走は止められないほど強いものだった。
「助けてくれ!俺は何にもやっていない!」
悲痛な声に近寄ろうと大きな道路に出ると、一人の男がうずくまって命乞いをしていた。
引き裂かれてぼろぼろになってしまったその服は、確か警察か何かだったかと思う。
人たちの恨みは、ただ誠実に生きてきた政府の人全てに、無差別に向かっていたのだ。
その光景に目をそらしたくなったが、先ほど言われた言葉を思い出し、止めることの方を選ぶ。
慎重に照準を、暴力を振るっている男の頭のぎりぎりにあわせる。
続けざまに数発撃ち込んだ処で、その男達は恐怖に顔を引きつらせて、逃げ出していった。
暴力から解放されたが、うずくまって動かない男の処に駆け寄る。
服が服の役目を果たさないこのままの状態でいたなら、この寒さならあっという間に凍えてしまうだろう。
着ているコートを身体にかける。男の身体から言って小さすぎるが、そのままよりましだ。
「大丈夫か?」
だがその声に反応した男は、私の姿とかけられたコートを見て、私を思いっきり突き飛ばして、そのままの格好でまた小さく呟き始めた。
命乞いの言葉が、聞き取れないほど小さい声で続いていく。その様子が耐えきれなくなって、強引に腕を取りこちらを向かせた。
「そんな警察の服なんて来てるから、そう言う目に遭うんだ。私のなら少しは誤魔化せるから、どこかに逃げ込むといい」
強い調子で言葉にすると、相手も頷いて何かを呟いたかと思うと、コートの合わせ目を握りしめて走り出した。
その様子を確認すると、自分も凍えないように、歩きながら倒れている死体から上着をはぎ取ると身体にかける。
そしてこの混乱をまとめる知恵を貰うべく、攻略前に打ち合わせた連絡地点に足を進めた。
銃弾に倒れた隊長の様態も知りたかった。先ほどの様子では助からないと判断したが、信じたくなかった。
生きていて、この状態を押さえる方法を教えて欲しかった。
少しずつだが、足の歩みを早くしていく。大勢は付いてしまったのか、銃撃の音は散発的にしか聞こえなくなりつつあった。しかし、今の状態では、まだ安心は出来ない。
出来るだけ、建物の影になるように注意しながらも、全力で街中を走り抜けた。
建物のドアに手をかけると、あわただしい様子がドア越しに聞こえてきた。
ここは今回の作戦上、連絡地点になっている建物だった。時々歓声が上がるところをみると、作戦は成功したようだ。
静かにドアを開ける。中にいた人たちの表情が、私の顔を見た途端曇ってしまった。
その様子で、隊長の状態がどうだか即座に分かる。
「マリア…うまく行ったんだってね。おめでとう」
真っ先に私の側に近寄ってくれたのは、昔から隊長のグループにいた女性だった。私を抱きしめ、奥の部屋に案内してくれる。
案内された部屋は小さな部屋で、ベットが一つ置いてあるだけだった。
その上に一人の男性が横たえられていた。
「…いつですか?」
私は出来るだけ冷静に聞こうとした。声を落ち着け、動揺しないよう、手を握りしめて。
「貴女が監獄を解放した連絡が入った直後だったわ。これで約束が守れるって言うのが最後だった…ありがとう」
彼女の声は、最後は嗚咽に代わってしまって聞き取れなかった。私の身体に回してくる手からは、隊長が満足そうに息をひきとった様子が伝わってきた。その想いだけが伝わってくる。
しばらく彼女が涙を流した後、私がなにも声に出さないことを一人にして欲しいと解釈したのか、ゆっくりと身体を離してもう一度「ありがとう」と口にして、部屋を出ていった。
その場に残された私は、隊長の顔を見ることもなく、隊長と初めてあった頃からのことを、一つ一つ確認するように返事のない隊長に話しかけていた。
そして、いつしか彼のベットの脇に跪いて手を組む。
あのとき自分の判断を誤り、助けられなかったこと。その為にいかに多くの人を殺めてしまったのか。
背後から撃たれた、同志になるはずだった人。
我々を迎えに来てくれた、首都の人々。
私が気づかない内に住民達の怒りにふれ、殺された人々。
全ては隊長を護れなかった自分が殺したも同然。
隊長が生きていてくれれば、もっと理想的な形でここまでこれたはずなのに、自分が護れなかったばかりに、このような惨事になってしまった。
うなだれて、自分の罪を聞いて欲しいと、返事を返さない隊長になおも話しかける。
涙が止まらなかった。涙が脱いでいなかった手袋に染みを作っていく。
隊長の血とあの警官の血。他にどれだけ血を吸ったか解らない赤い手袋に黒い染みを作るのを見ながら、自分の罪がどうしたら贖えるか考え続けていた。
END.
■今となっての戯言
若いっすね(苦笑)。
今現在中原が描いているマリアとは設定が少々違いますが、資料として読んだ「黒い夜白い雪」の流れにマリアたちを当てはめて書いたもののです。実際はあの警官は既に河に浮かんでるとか(苦笑)。
この作品だけは「てにおは」まで編集を生業としている友人ともめたという作品ですが、まだまだ手の入れ方はありそうですね。
■当時のコメントは以下の通り
革命ものです。前夜とは場所も状況も違いますが、今の時点で一番自分の納得のいくものだと思っています。
被害者であり加害者。従うものであり導くもの。相対する立場、それを今まで子供と言うことで免除されていたのを初めて現実として認識するというものも一つのテーマです。
今回はかなり史実のエピソードを意識していました。そのせいか、凄く堅くなってしまった雰囲気はするのですが(^^;
1999.5.28発表